銀座木村屋より独立して120余年。今なお多くの人に愛され続ける
内幸町A2出口から出て左に振り向いたらすぐのところに明治33 年(1900)創業の老舗喫茶店『田村町 木村屋本店』がある。店頭のHOME MADE CAKES/ SANDWICH/ AND COFFEEの文字に惹かれて店に入った。
『田村町 木村屋本店』は、初代の大塚要さんが明治33 年(1900)に『銀座木村屋』より独立し、芝桜田本郷町(現新橋1丁目)にてパン製造・小売店を開業。芝桜田本郷町はのちに田村町となったことから屋号に由来する。大正9年(1920)になるとパン食促進のため喫茶を併設した。
昭和18年(1933)2階に洋食部門を併設して営業していたが、昭和50年(1975)洋食部門を港勤労福祉会館内に三田店として移設。現在は三田店を閉鎖し、本店から徒歩8分のところに商品を製造するアトリエを設け、本店への商品供給はもとより、テイクアウト専門でケーキや焼き菓子などを販売している。
お話を聞かせてくれたのは4代目の大塚浩さん。大学を卒業したあと、不動産会社に就職したのち独立して自ら会社を経営していたことも。「祖父(2代目)が亡くなって、父(3代目)がもう全部投げ出すようにやめてしまったんです。いろんなものを兄弟で分けた時に、私がこの店の跡を継ぐことになりました」と話す。
『田村町 木村屋本店』がケーキの製造を始めたのは60年ぐらい前。初代のシェフは神田小川町にあった洋菓子店「エスワイル」のスーシェフだったそう。「庶民的なんだけどちょっと贅沢なケーキを出していたんじゃないかな。創業当時に提供していたケーキはもうなくて、バナナケーキも今の形じゃなかったって聞いています」。
以降、長い年月の中でシェフが変わっていったが、その都度この店の味を引き継いできた。
「フランス菓子は無塩バターしか使わないんですけど、うちは昔の作り方なので有塩バターを使うことが多いんですよ。古い店がなくなって、昔の味が恋しくなったご年配のお客さんがみんなうちへ流れてくるわけです。最近はこういうケーキを知らない高校生から20代くらいの若い人も増えましたね」。
2023年4月にリニューアルオープンした店内は、ダークブラウンの木目をベースに置き、落ち着いた雰囲気だ。ガラスケースには名物のバナナケーキやモンブランなど昔ながらのケーキのほか、色とりどりのフルーツが乗ったオシャレなケーキも健在。
「ウチも青山とか原宿のおしゃれなカフェみたいな商品があるんですよ(笑)。たとえば昔ながらのマドレーヌと、今風の発酵バターを使ったものがあって。私は新しい方はどこの店にも負けないくらいウマイって思ってるんだけど、昔のマドレーヌのほうが10倍売れるんです」と、うれしいながらも複雑な心境を明かしてくれた。
近隣にテレビ局や新聞社、プレスセンターがあり、文化人にも愛された喫茶店
店内には喫茶を併設していてケーキやサンドイッチなどが楽しめる。喫茶スペースの壁には何やら寄せ書きやイラストのようなものが飾ってある。
「この辺は官庁やテレビ局・新聞社やプレスセンターが多いので、新聞記者とか報道関係の方も多いんですよ。昔から作家とか芸能関係のお客さんも多くて、作家の井上ひさしさんがここで『ひょっこりひょうたん島』の台本を書いていたとか、自民党の幹事長だった加藤紘一さん、女優のいしだあゆみさんなどもご贔屓(ひいき)にしてくださいました」。そういった人たちがテレビや雑誌で紹介するようになったのだとか。
大塚さんの話によれば、以前はこの周辺にもたくさんの個人経営の喫茶店があったそうだ。しかし、1990年代に入るとチェーン系カフェやファストフード、コンビニらが1杯100円でコーヒーを売り出すようになり、周辺の喫茶店は激減した。
「このときうちは逆にコーヒーを値上げしたんですよ。ただし、おかわりができるってことにしてね。うちに来る人たちは何時間も店にいて原稿を書いたり仕事をする人も多かったから、そのほうが良かったと思うんですよね」。その読みは的中し、かえって文化人御用達の店として地域に根付いた。店内に掲示されているものがその証ともいえるだろう。
これらの貴重な額はずっと倉庫にしまってあり、リニューアルオープンに当たって掲示することになったそう。ひとつずつ見ていくと、弾けるような自由な線で描かれたイラストに釘付けになった。ん⁉️ 右下にTAROの署名が。まさかこれって……。
「そう、岡本太郎さんね。これはかわいいなと思って、ドリップコーヒーのパッケージにしました。今は『川崎市岡本太郎美術館』でも販売していますよ」。まさかコラボすることになるとは!
ここで書ききれなかったが、ほかにも常連さんのなかには今でも第一線で活躍する有名人がズラリ。「うちはこういうストーリーはいくらでもあるんです」と話す大塚さんだ。
かつては「ちょっぴり贅沢なお菓子」として人気を博したバターケーキが、今蘇る
とくにここ20年くらいはよくケーキが売れるという。ケーキは小ぶりだがどれも良心的な価格なのにも好感が持てる。ガラスケースには常時20種ほどが並び、その半数は昔ながらのもの。
大塚さんは「新しいものをやっても埋もれちゃうけど、古いものはみんなやらないからウチは生き残ってるんだと思います。一度なくなったけど復活した商品も多いです」と語る。
それをぜひ食べてみたいので、ケーキとお茶のセット880円をオーダーした。コーヒーはおかわりができ、紅茶はポットサービスだ。
バタークリームのケーキは10年ぶりに復活。「なんで復活させたかっていうと、やっぱり世間のニーズですよね。私から見るとダサイと思うんだけど(笑)。今は流行ってるからいろんなところでバターケーキが出ていますよね」と、ひとつ皿に乗せてテーブルに置いてくれた。
決め手はイタリアンメレンゲを有塩バターと混ぜたバタークリーム。ふんわりとして口当たりは軽く、生クリームよりもあっさりしていて個人的にはこっちの方が好み。素朴な味のスポンジと相まって、もう1つくらい食べられそう。
また、クレープ生地にカスタードクリームとバナナを包んだバナナケーキも爆発的な人気。早い時は13時ごろに売り切れてしまうことも多いそうだ。「40~50年前に発売したバナナオムレットが原型で、今うちでいちばん古い商品です」。
「当時のシェフが、時間が経つとクリームから水が出て、包んでいたスポンジ生地がベシャベシャになっちゃうから嫌だって言って、クレープにしたそうです。うちにいたシェフはフランス菓子とかフランス料理をやってた人が多かったんで、代替案としてクレープが出たんでしょうね」。
生地はクレープシュゼットのようにモチモチしていて、フライパンで1枚ずつ焼いている。薄いクレープの中にもっちりとしたカスタードクリームと完熟のバナナが入っている。SNSでもよく見かけるが、これを誰かに伝えたくなってしまう気持ちがわかる気がする。
ほかにも継続的に提供している人気商品にガトーポンムやモンブランの名があがっていたが、忘れちゃいけない冒頭で触れた昔ながらのマドレーヌも然り。古かろうが新しかろうが、こんなにおいしいなら大歓迎。ゾンビのごとく何度でも蘇って欲しい!
構成=アート・サプライ 取材・文・撮影=パンチ広沢