数カ月後、香川の実家へ帰る機会があった。一週間ほど過ごした後、翌日の東京仕事のため帰り支度をしていた時、不意にあの5万円を思い出した。そうだ、東京へ戻りがてら伊勢神宮に寄って行こうか。いや、伊勢神宮は過去にも行ったことがある。せっかくなら他の有名な神社に行った方がいいんじゃないか。近況を踏まえると出雲大社へ行って縁結び祈願するのがいいかもしれない。香川からも割と近そうだし、島根経由でそのまま東京へ帰るか、と勝手に行き先を出雲へ変更し、午前10時に実家を出た。ところが誤算だったのは香川→出雲が想像していたよりも遠かったことだ。岡山で特急列車に乗り換え3時間強、出雲市駅に着いたのは15時半だった。

ここから出雲大社へはバスで片道30分かかるらしい。往復時間を考えると、もう今日中に東京へ戻る新幹線には乗れないと気づいた。今すぐ岡山に引き返せばまだ間に合うが、わざわざ出雲まで来て出雲大社に寄らず引き返すやつがあるか。飛行機という手もあるが料金が高すぎる。となると私に残された選択肢は「サンライズ出雲」、現在の日本では希少となった寝台列車しかなかった。

できれば寝台列車は避けたかった。大学生の頃、東京と香川をつなぐ「サンライズ瀬戸」で帰省したことが何度かあるが、「ノビノビ座席」という最安の雑魚寝シートでの長時間移動は、かなりしんどかったことを覚えている。でもまあ大人になった今なら数千円をプラスしてベッドのある個室でゆっくり寝て帰ることもできるか。そう気持ちを切り替え、私はバスに乗り込み出雲大社へ向かった。

ノビノビ座席だけ?

晴天にもかかわらず、16時過ぎの境内に人はほとんどいなかった。参道を数百m歩き本殿に着いても自分以外に参拝客の姿はなく不安になる。事前にネットで調べた出雲大社内の穴場パワースポットをいくつか回ろうとしたが、あちこちに立ち入り禁止の縄が張られていて全然入れなかった。どうやら夕方以降、立ち入り可能な区域がかなり制限されているようだ。私は消化不良な気持ちを抱えたまま参拝を終え、まっすぐバス乗り場へ戻った。再び30分かけ駅に戻るともう18時だ。

駅構内で申しわけ程度に名物の出雲そばを食べた後、自動券売機でサンライズ出雲のチケットを買おうとするが、注文の操作が複雑でうまくいかない。みどりの窓口は閉まっていて駅員の姿も見当たらない。出発時刻は間近に迫っていた。あわてて券売機の呼び出しボタンをしばらく連打すると、やっと駅員が出てきた。

しかしなんと駅員までもがうまく発券できずまごついている。サンライズ出雲の始発駅なのに、なんでこんなに発券しにくいんだ。釈然としないまま数分間格闘していると駅員が発券方法を見つけたようだ。ホッと胸をなで下ろし「個室の寝台でお願いします」と要求するも、「券売機ではノビノビ座席しか買えません」と断られた。個室の席は空いてはいるが、みどりの窓口へ行かないと買えないらしい。みどりの窓口はもう閉まっている。ああ、詰んだ。どうして券売機で個室の席を買えるようになっていないのだ。いや、結局は早めにチケットを買っておかなかった自分が悪いということか。私は仕方なく列車に乗り込んだ。

ノビノビ座席を購入した私に与えられたのは、わずか2×1m程度の狭小スペースと薄い煎餅布団。これで約12時間、外へ出ることもできない。想像しただけで辛くなり、体調も一気に悪化した。実は昼頃から何だか熱っぽく悪寒がしていたのだ。夕方から就寝することなどめったにないが、布団に潜り込んで目を閉じ、ただ明日のため体調を整えようと努力した。悪夢で目を覚ましては、時がほとんど経っていないことに落胆し、また寝ようとする。なかなか寝られない。悪夢で目を覚ましては……と、ひたすらそれを繰り返した。

あまりに長く辛い時間を耐え、ようやく東京駅に着いたのは午前7時。中央線に乗り換え、ほうほうの体で自宅へたどり着いた。

午後からの仕事に行く前に検査キットでコロナ感染をチェックするよう言われていた。やってみると陽性反応が出た。即座に関係者に連絡を入れ、そこから先1週間の仕事が全てキャンセルとなった。こんなことなら無理にノビノビ座席で帰って来るんじゃなかった。

日本最大級のパワースポット・出雲大社へ行って半年が経ったが、今のところ目に見える変化は起こっていない。後日ネットで調べたところ、夕方以降の神社は負のパワーが溜まっていてむしろ運気が下がるパターンもあるとか。だから人がいなかったのか。でもあんなに苦労して参拝して運気が下がるなんてことがあっていいのか。お賽銭だって5千円も入れたのに。

いや、あの日の道中で私にさまざまな災難が降りかかったのは、「今は出雲に来るべき時ではない」という神からのメッセージだったと捉えることもできよう。私は出雲に呼ばれていなかったのだ。そこを強引に押し切って参拝してもいいことはないということだ。ただ、そうだとしても、せめて帰りのサンライズ出雲だけは個室のベッドで帰らせてほしかった。

本連載に寄稿したサウナが舞台のエッセイがベースのImai feat.吉田靖直「W杯」配信中。
本連載に寄稿したサウナが舞台のエッセイがベースのImai feat.吉田靖直「W杯」配信中。

文=吉田靖直 撮影=鈴木愛子
『散歩の達人』2023年2月号より

これまで数えきれないほど銭湯に通ったのに、いまだに銭湯のルールが体になじみ切っていない。「タオルを湯船に浸けないでください」や「髪染め禁止」など注意書きに書かれているような基本的なルールは遵守しているつもりだが、はっきりと明文化されていない微妙なルールがそれぞれの銭湯にあって、自分は放っておくとすぐその暗黙の了解に抵触してしまいそうで危なっかしい。四国の実家近くには銭湯がなかった。銭湯というのは、ある程度の都会にしかないのかもしれない。いわゆる銭湯ではないが、食堂や休憩所などが備え付けられている健康ランドや町の温浴施設みたいなものはそこそこあったし、よく友達の親に連れて行ってもらったりもした。そこで公共の風呂のルールは覚えた気になっていた。18の時に上京し、初めて近所の銭湯に行ったらいきなり激しい洗礼を受けた。おい、体を洗ってから湯船に浸かれよ!  汚えだろ!  と常連っぽいおっさんに怒鳴られたのだ。決して服を脱いでそのまま湯船に飛び込んだわけではない。一応掛け湯で体を流し、股間をゴシゴシやってから入ったのだが、どうやらそれだけではダメだったようだ。地元ではそれで特に何も言われなかったし、健康ランドにも「掛け湯をしてから入ってください」としか掲示されていなかったのに、都会の銭湯はこんなに厳しいのか。確かに周りを見回すと、みんな最初に洗い場へ行ってシャワーで体や頭を洗ってから風呂に入っている。それからは毎回最初に洗い場へ行くようになった。怒られたくないので、はい、いま体洗いましたよ、という証拠作りのためにやっている部分もある。まあ、掛け湯だけするよりはシャワーで体を綺麗にしてから湯船に入るに越したことはないのは確かだ。ただ他にも、いまいち納得のいっていない銭湯のルールもある。まず、浴場の隅にプラスチックの椅子が重ねて置いてあり、使うたびいちいち取って来なくてはならないタイプの銭湯。あのシステムの意味がよくわからない。現に、各シャワーの前に椅子が常に並べられている銭湯もある。取って来たり片づけたりするのが面倒くさいので、どこの銭湯もそうやっていつも椅子を並べておいてくれたらいいのではないか。
東京に住んでからは数えるほどしか海へ行っていない。電車を乗り継ぎ海へ着いた瞬間は楽しい気分になるが、ちょっと海に入ったりビールを飲んだりした後はもうやることがない。私はもともとそんなに海が好きではないのだろう。海に行くならプラスアルファで何かわくわくするような刺激が欲しいと思う。
20代後半あたりから地元の同級生がどんどん結婚し始めた。友人から結婚の報告があるたび「よかったな、おめでとう」と笑顔で祝福しつつ心の中では「ようやるわ」と思っていた。うらやましいと感じることもなかった。