想像力を働かせる?

そう言えば椅子のせいで怒られたこともあった。あれは下北沢でのこと。シャワーの前にひとつだけ椅子が置かれていた。誰かが片付け忘れたのだろうか。椅子を取りに行くのが面倒くさかったし、私がそのまま座れば効率的だと思い、そこに腰掛け頭を洗っていると「何俺んとこ勝手に座ってんだ!」と老人に怒られたのだ。

老人は風呂に浸かった後、またそこで体を洗う予定だったらしい。横着した私にも非があるが、本来の銭湯のルールに則って言うなら、使い終わるたびに椅子を片づけるべきではないのか。

場所取りのような行為は多分ダメだろう。納得のいかない私が「……いや、別に誰の場所とか決まってるんですかね」と少し口ごたえすると「当たり前だろうが!」と一喝された。

不満だったが、確かにその席にはよく見ると私物のシャンプーなんかも置かれていたし、銭湯の暗黙の了解に反していたのは私の方なのか。パチンコ屋でも場所取りは禁止されているが、実際のところ、すでにタバコが置かれている台を勝手に打つ奴やつはいない。それと同じようなものか。それ以降は、明らかに誰も使っていなさそうな椅子があっても座らず、必ず自分で取りに行くようになった。

最も最近怒られたのは、数箇月前。サウナから上がり、脱衣所で携帯を見ていたら「携帯見ないでください!」と注意された。これも私にとって実に曖昧な領域だ。脱衣所で携帯を触るなと明言している銭湯もあるが、みんな気にせず携帯をいじっている現場に遭遇したことも何度もある。

禁止されている理由は、裸の写真を撮って性的な目的に使用したり、ネットに流したりする人がいるからなのだろうか?

脱衣所で携帯を見てはいけない正式な理由を知ろうと検索したら、Yahoo!知恵袋にまさに私と同じ状況の人を見つけた。「脱衣所で携帯を見てはダメなんですか? 髪を乾かしながらスマホを見ていたら客の年配女性に注意されました。私は女性で、裸を撮る気なんて一切ないんですが……」という質問に対し、ベストアンサーは「注意書きに書かれていなければ何をしてもいいわけではありませんよ。もっと想像力を働かせてください」というものだった。まるで自分に言われているようでいささかダメージを受けた。そう言われてしまうと返す言葉もない。

サウナのルールも難しい

あとはサウナでマンガを読んでいる人、サウナの後、頭まで水風呂に浸かっている人。サウナのテレビのチャンネルを勝手に変える人。それらも許されているのか微妙なところだ。人がやっているのはよく見るが、自分がやると怒られそうで怖い。Yahoo!知恵袋に従うなら、とりあえずやめておいた方が間違いはない。

ところで私はスポーツ観戦の中では、サッカーのワールドカップを最も楽しみにしている。そしてサウナ、できれば銭湯のサウナのテレビでワールドカップを見るのが一番グッとくるんじゃないかと前から思っている。たまたまそこに集まって、たまたまついてるテレビを見ていたらいつの間にか応援する空気感がその場に生まれていたという状況に憧れるのだ。

昭和の電器屋のテレビでみんなが集まって力道山戦を見たという話に影響されたのかもしれない。定食屋でみんなが高校野球を見ている瞬間なんかも好きだ。

前回のワールドカップの日本対ベルギー戦のときなどはわざわざ友人と昔働いていたスナックに行って店のテレビで中継を見た。点が入った時は知らない人とハイタッチしたりもしたが、いかにもお膳立てされた環境でワールドカップを見ていることに多少の後ろめたさがあった。渋谷でニッポン・コールをしている人とかやっぱり少し嫌だ。

ワールドカップ開催時にサウナに集まる人は、ワールドカップにあまり興味がないのだろう。しかしあのどんなつまらない番組でも見てしまう状況下でワールドカップの日本戦がかかっていたらどうだろうか。きっとそれなりに熱を入れて見だすのではないだろうか。

サウナに入っていられる身体的限界は10分程度なので、どこかで観戦は中断され、しばらくしてからまたサウナに入って見ることになる。良い場面を見逃さないよう、いつもより少し無理をして入ったりもする。チャンスの時には思わずオオッと声がでる。点が入るとゾロゾロとサウナから出たりして、ああ、みんな得点シーンを見たくて我慢してたんだなと密かに思う。

たまたま集まった人たちが期せずして一緒に盛り上がってしまう、その最強の状況がこれだと思う。

もし本当にそんな日が来たら……。その時は私も頑張って自らチャンネルを変えるに違いない。

お気に入り『蒲田温泉』にて。ここの宴会場もワールドカップ向き?

文=吉田靖直 撮影=鈴木愛子
『散歩の達人』2022年1月号より