プチガトーから焼き菓子、チョコレートまで揃うテラス席のあるパティスリー
地下鉄神楽坂駅を出て約100メートルのところにある『Bon Riviere』。クラシカルな雰囲気で、店の前にはテラス席がある。
「フランスの店は、店内よりテラス席の方が高い。フランスに滞在していた時は、お金がなくてテラス席でコーヒーやビールを飲めなかったから」
店主でシェフパティシエの吉川靖浩(よしかわやすひろ)さんはフランス滞在中に羨望の眼差しで見ていたカフェやパティスリーのスタイルを自分の店に取り入れている。
テラス席を横目に店内に入ると、右手の壁には種類豊富なクッキーやマドレーヌのような焼き菓子。正面には冷蔵ケースにホールケーキやプチガトー。さらに左を見るとチョコレートにマカロンにバターケーキ類までが並ぶ。商品は、すべて吉川さんがひとりでつくる。
ケーキや焼き菓子をテイクアウトするだけの店ではなく、バラエティ豊かな商品を店内のサロンでも食べられるのは、フランスのきちんとした菓子店のスタイルだ。吉川さんはそんな店を目指してきた。
本当はアイスクリームやアイスを使ったデザートも販売できたら、と思っていたが、さすがにつくり手ひとりではすべてはできないと今のスタイルに落ち着いている。
吉川さんは、ホテルで料理人としてキャリアをスタートしたのち、デザートの知識を得たいと、当時フランスから日本にやってきたパティスリー『ルノートル』の門を叩いた。今でこそフランス人有名パティシエの名前を冠したパティスリーは日本にいくつも進出しているが、当時フランスのやり方をそのまま踏襲したパティスリーは珍しかった。
「『ルノートル』で初めて食べたのはババロア。そのババロアのおかげで、料理よりもお菓子をやった方がいいと心が決まった。それぐらい『ルノートル』のお菓子はすごかった」
日本の『ルノートル』で修業後、フランスにも赴いて菓子づくりを学ぶ。その技術と経験が今も吉川さんのお菓子と店づくりの骨格をなしている。
「フランスにはない」いちごショートケーキは開店から数年で登場
1998年に独立。最初は江戸川区船堀にお店を持って、2015年にフランス人が多く集まる当時の神楽坂に移転してきた。
吉川さんにとって、フランスは憧れであり、製菓技術を授けてくれた恩のある国。フランス人が大切にしている味や技術を、いい形で紹介したい。その考えと気持ちはお菓子のラインナップにも表れている。
今の『Bon Riviere』でいちばん人気は、多分に漏れずガトー・フレーズ。つまりいちごのショートケーキだ。
しかし、独立当初は、なんといちごショートケーキのないケーキ屋さんだったというではないか!「フランスにはないから」というのがその理由だった。いちごのショートケーキは、日本にあるほとんどのケーキ店で売れ筋。王座とも言える特別感がある。
やや頑なだった吉川さんがガトー・フレーズをつくることにしたのは、常連たちの度重なるリクエストに応えてのこと。
「何年も通ってくれている常連さんからリクエストされたら、つくらないわけにいかないでしょ?」
味に信頼を置いてくれている人たちのリクエストを断れなかったようだ。
抹茶や大納言、ゆずといった日本らしい食材をお菓子に取り入れるようになったのは、独立して10年ほど経ってから。「生まれ育った日本の食材については、フランス人よりアドバンテージがあるわけだから」というご本人。曰く「大人になった」のだとか。
一方で譲れない信念は持ち続けている。安全に配慮した食材選びやお菓子の季節感を大切にし、つくり方はフランスの菓子づくりへの敬意にあふれる。特にチョコレートケーキの王道、オペラなど古くからあるケーキは伝統的なつくり方を踏襲している。
食感が楽しい! 注文を受けてからつくるメレンゲ菓子
冷蔵ケースの中には「注文を受けてからつくります」と書かれているものがある。焼いたメレンゲと生クリームを組み合わせたお菓子だ。メレンゲ菓子といえば、クッキーのように袋詰めで売っている以外、メイン素材としてはあまり見かけない。
吉川さんは独立当初からメレンゲ菓子を並べていて、日本ではまだ親しまれていないと感じながらも、もっと多くの人においしさを知ってほしいとつくり続けている大切なお菓子のひとつだ。
ペタンクと名付けている茶色いボール状のメレンゲ菓子は『Bon Riviere』のオリジナル。丸く組み立てたメレンゲにアーモンドパウダーやメレンゲの粉を纏(まと)わせて、内部にヘーゼルナッツ入りのクリームを忍ばせている。香ばしい風味と軽い食感、クリームの濃厚さの組み合わせがたまらない。
ラズベリー由来のやさしいピンク色がかわいいメレンゲ・フランボワーズは、コクがあってふんわりとした食感の生クリームたっぷり。クリームの水分と、サクッとした食感のメレンゲが口の中で合わさって、ムニッとした食感に変化するのも楽しい。
神楽坂という夜まで賑やかな場所とはいえ、営業時間は21時までと、お菓子屋さんとしては随分遅くまで開いている。「レストランでデザートを食べずに、うちにお菓子を食べに来てくれる人がいるからね」と吉川さん。
昼間は女性客のグループ、夕方になると学校の送迎帰りの親子連れや学生たちがケーキとお茶、雰囲気を味わいにやってくる。
職人気質でフランス好き、そして人情に厚いシェフパティシエがつくるお菓子と空間。シンパシーを感じる人たちからの信頼が厚いようだ。
取材・撮影・文=野崎さおり