“古本屋=入りづらい”を払拭する明るい空間
「古本屋」と聞けば、店内をびっしりと埋め尽くす本、レジ横にたたずむ無口な店主……といったイメージを持ちがちだ。『チラクシンブックショップ』は、そんな従来のイメージとは違った古本屋といえるだろう。
店に一歩入ると、陽の光がたっぷりと注ぐ明るい空間が広がっている。これまでの“町の古本屋”とはかけ離れた空間のため、初めて店を訪れた人が「ここは何屋さんですか?」と尋ねる光景は日常茶飯事だ。
店主の中村仁さんは、40代の半ばで大手企業の社員から古本屋の店主へと転身した。なぜ全く畑違いの世界に飛び込んだのか、理由を尋ねてみた。
「長くサラリーマンとして働くなかで、体調を崩して休職していた時期があったんです。それを機に自分の人生を見つめなおし、このまま会社に戻るか、別の会社に転職するか、それとも自分で別のなにかをするか、という3つの選択肢が浮かびました。そう考えるなかで、もともと僕は本が好きだったので、昔から心のどこかで本屋を開くことに憧れがあったことを思い出したんです」
未知の世界に飛び込むことは家庭を持つ中村さんにとって躊躇する選択だったが、家族が背中を押してくれたことで、本格的に店を開くことを決意。周りの協力も得ながら同店のオープンに至った。
本棚から、時を超えた人と本の出合いが生まれる
「親が読書好きだったので、僕も小さな頃から自然と本を読んでいました。身近に本があるからこそ、本を読むことでの楽しさや面白さ、新しい発見、辛い時を乗り越えられた経験というのを、人生の中でずっとしてきたように思います」
そんな生粋の本好きである中村さん。店の本棚に並ぶ本も、8割がもともと中村さんの私物だという。ジャンルは小説からコミック、雑誌、絵本に至るまでとにかく幅広い。
「気に入っている本もありますが、自分の手元に置いておくよりも、必要な人の手に渡って循環していく方がいいのかなと。そこも本の良さだと思っています」
本のジャンルは幅広いが、中村さんが20代の頃に親しみ影響を受けていた90年代から2000年代前半の本が自然と多く集まっている。
そのため、店に来た同世代のお客が懐かしい本と巡り合ったり、はたまた若い世代のお客が意外な本に興味を示したりと、ここでは“人と本の思わぬ出合い”が日々巻き起こっている。
老若男女が気になった本を気軽に手に取れる雰囲気だからこそ、時代を超えた巡り合わせが生まれるのだ。
カフェを併設することで「人が集まる場所」に
店内に併設されたカフェでは、コーヒーやビール、おつまみを提供している。本を探しにきたついでに立ち寄れるほか、カフェのみでの利用も可能だ。
「僕はアメリカのカルチャーも好きで、アメリカ映画のワンシーンに出てくる、町の散髪屋さんやタバコ屋さんに人が集まって会話を楽しむような、そういう風景に憧れていたんです。この店も、普段は古本屋に足を運ばない人でも気軽に来れて、いろんな人が集まれるようにカフェを併設することにしました」
そんな中村さんの想いの通り、カフェは仲間との会話を楽しみに来る人、コーヒーを片手にのんびり読書にふける人など、さまざまな人たちが訪れる場所となっている。
カフェで提供するコーヒーは、シンプルにホットとアイスのみ。ホットコーヒーはハンドドリップで一杯ずつ丁寧に淹れている。席で待っていると、次第にコーヒーの良い香りが漂ってきて心が安らぐ。
「日常的に立ち寄れる居心地が良い場所にしたかったので、毎日
飲んでみると、たしかに苦みや酸味が強すぎず飲みやすい。ほど良くリラックスさせてくれる味わいで、毎日のカフェタイムに取り入れたくなる。
コーヒーのほかに、古本屋としては珍しくビールが飲めるのも特徴だ。提供している箕面(みのお)ビールは、中村さんの出身地である大阪のブリュワリーが造るクラフトビール。数あるラインナップの中でも人気なのが、おさるモチーフのラベルが印象的な“おさるIPA”だ。
ホップの香りと苦味を最大限に引き出したキレのあるIPAは、昼からでもぐびぐびっと飲み干したくなる爽やかさ。
本を探しにきたついでに、コーヒーやビールでひと息つくのも同店の醍醐味といえるだろう。
『Chillaxin’ Book Shop』の店名は、英語のchill(くつろぐ)とrelax(リラックスする)が混ざった造語「chillax(まったりとくつろぐ)」が由来なのだそう。
店名の通り、この店には型にしばられない自由でやわらかな空気が漂っている。
「古本屋だからこうあるべき、とかはあまり考えていなくて。お客さんにとって入りやすく、居心地の良い店になればいいなと思っています」
リラックスできる新しいかたちの古本屋は、思いもしなかった本と巡り合わせてくれるかもしれない。
取材・文・撮影=稲垣恵美