研究に1年を掛けた完全オリジナルのフワフワドーナツ
下北沢駅南西口から続く遊歩道沿いにある複合商業施設『BONUS TRACK』。今回紹介する『洞洞』は、そのすぐそばにある建物の1階で営業を行う。
店の奥はカフェスペースになっており、カウンターとテーブル合わせて15席ほどと、外から見た印象よりも広々とした空間が広がっている。窓の外からは閑静な住宅街の風景が見え、反対にある出入口側の賑やかな喧噪とのコントラストが印象的だ。
佐藤さんは、この立地を第一に考え、ドーナツを専門に扱う店を始めようと考えた。
「ここの2階が『BONUS TRACK』の設計を担当したツバメアーキテクツさんのオフィスで。建設にあたって、1階で何かやってみないかと声を掛けていただいたのが、そもそものきっかけなんです。そこからどんなお店にしようか考えたときに、再開発された賑やかな通りと、一本奥に行けば住宅街という境目に位置した立地に注目しました。下北沢に遊びに来た若者や、近所に住んでる小さい子どもからおじいちゃん・おばあちゃんまで、みんなに馴染みのある食べ物がいいなと思い、ドーナツに決めたんです。すぐそばの緑道は当時まだ完成していなかったんですが、ゆくゆくはそこでのピクニックや食べ歩きにもドーナツはぴったりだなと思って」。
店の方向性が決まってからは、研究と試作の日々がスタート。約1年かけて、ありとあらゆるドーナツ店に足を運び、好みのものを見つけたり、味の組み合わせのヒントを得たりして、理想となるドーナツを形づくっていった。
そうして完成したドーナツは、独自の配合でブレンドした小麦粉を使い、フワフワで軽い食感に仕上げた生地が特徴。フレーバーの多くは日替わりとなっていて、その日のタイミングでどんな種類のドーナツと出合えるか、お楽しみとなっている。
東京藝術大学で建築を学んだ経験を持つ佐藤さんは、「ドーナツは建築に似ている」と話す。ドーナツも建物も、形や枠組みといったルールがあり、その中で様々な組み合わせを考えることにおもしろさを見出しているという。
そんな柔軟な発想から生まれたのが、生ハムやチーズなどを合わせた「しょっぱい系のドーナツ」だ。一般的にドーナツと言えば「甘いもの」と思いがちだが、ここでは“ビールに合うドーナツ”をイメージした、ほかでは珍しいフレーバーも味わうことができる。
実際に、この日提供していたバジルチキンをいただいてみると、チーズやバジルペーストの塩味のなかに、ほのかに生地の甘さが合わさって、絶妙なあまじょっぱさ加減が楽しめた。生地の食感も、佐藤さんの言うとおりフワッフワで、あまりの軽さに何個でも食べられるような気がしてしまうほど。
ドーナツだけじゃない。様々な“きっかけ”を提供する店に
この店ではドーナツ販売だけでなく、絵画や写真などの展示、古着や陶器などのポップアップストア、ものづくりや講演といったワークショップなども開催している。佐藤さんはドーナツをひとつのコンテンツとして捉え、展示やワークショップなど複数のコンテンツを取り入れることで、それらをきっかけに普段交わらないような人たちが交われるような場所をつくっていきたいと話す。
「下北沢に遊びに来た人たちと、近所に住んでいる人たちが混ざり合う空間がここならできると思っているんです。これまで開催してきたワークショップは、建築を学んでいる大学生の持ち込みだったり、近所に住んでいる常連さんの提案だったりするんですが、今考えると大学生たちのワークショップには近所の子どもたちが多く参加してくれて、常連さんの講演には様々なところから参加者が集まってくれて、まさに思い描いていたことが実現できているように感じます」。
オープンからわずか半年の間に、どんどん佐藤さんが理想とする店に近付いている『洞洞』。これからの活躍が楽しみだ。
『洞洞』店舗詳細
取材・文・撮影=柿崎真英