ご近所さんが一息つける場所にとオープン後、SNSで人気に
ドアを開けてお店に入った瞬間、ガラスケースに置かれたケーキがかわいらしくて、心をぎゅっと掴まれる。少女のころに手にしたレターセットや少女漫画に描かれたお菓子のようだ。
『gallery syrup』は、2018年10月にオープンした。ケーキを作っているのはパティシエの植松弘子(うえまつひろこ)さんだ。店があるのは植松さん家族がいつかギャラリーを開きたいと考えていたスペースで、オープンからしばらくはレンタルギャラリーとしての営業がメインだった。現在はギャラリーはお休み中だが、今も店内にはいくつも絵が飾られている。
『gallery syrup』はケーキのサイズが小さい。「オープンからしばらくは、この大きさがちょうどいいのよねっておっしゃるご近所のお客さんが多かったんです」と話すのは弘子さんとお店を始めた母の裕子(ゆうこ)さんだ。
神楽坂の住宅街は古くから住んでいる人が多く、年齢層も高め。長くこの地に住む植松さん母娘は、お店をご近所の人たちにとってホッと一息つける場所にしたいと考えていた。
「2022年2月ごろからインスタグラムを見たと、学生さんがよくいらっしゃるようになりました」という弘子さんは、20代が客層の中心になるとは予想していなかったようだ。
ケーキがかわいらしいと、現在は週末になると満席に。数組が店の前で待っていることさえある。
もともと年齢層の高い人が食後でも食べられるようにとケーキのサイズは小さめだった。さらにオープンからしばらくして、さらに小さいミニサイズのベイクドチーズケーキとガトーショコラが定番に。特に若い世代がケーキを2つ、男性に至っては3つ、一度に食べる人が1日に何人も現れ、2つのケーキを並べやすい楕円形のお皿も準備することになったとか。
控えめな甘さと濃厚さ。満足感と、もうひとつ食べたくなる余韻
ケーキの種類は10種類以上。季節によって内容は変わるが、弘子さん最大の自信作はタルトだ。「タルト生地は、固すぎず、しなっとしすぎず、ちょうどいい固さに作るのに時間をかけました。『下の台だけ売ってもらえませんか?』 とか『何が入っているんですか?』と真剣に聞かれたことがあって、そのときはうれしかったです」。
タルトにはカスタードクリームと生クリームを混ぜたものをのせて、その上にフルーツをデコレーション。「カスタードは、とろとろ系ではなく、モッタリ系だけど、口溶けがいいクリームを目指しています」とこちらもかなりこだわっている。
冬から春にかけては、いちごが使われているタルト。なるほど、生地の硬さは絶妙だ。ぎっしりしているが、ナイフを入れたときに勢い余ってお皿がガツンと鳴ってしまうようなことはない。
レアチーズケーキは北海道産の生乳を使ったクリームチーズを使用。口溶けがよいチーズケーキで、土台のクッキー生地のザクザク感との相性もバッチリ。
どちらも甘さは控えめながら、濃厚さがあるため、小さくても満足感がある。それなのに2種類食べたあとでも、もうひとつ食べられてしまいそうな余韻が食いしん坊に響く。
信頼し合う母と娘が作るやさしい味と空間
「せっかくのケーキが甘くないというのは寂しいですよね。甘さに私はこだわっています」ときっぱりいうのは、パティシエの弘子さんではなく母の裕子さん。弘子さんも母、裕子さんの味覚には信頼を寄せていて、新作の味見ではダメだしされてしまうこともあるのだとか。
「家族でやっているので、いろいろ言い合っても、そのあとはすぐに元通りです」と弘子さん。家族でお店を開いたメリットは大きいようだ。
「最近は、遠方から来てくださる方も増えました。ありがたいし、嬉しいけれど、やっぱり地元の方にも来ていただきたい」と裕子さん。
同級生がケーキを買いに来ることもある弘子さんも「平日ならゆっくりしてもらえますし、テイクアウトでも楽しんでもらえたら」と、ご近所さんや少し年齢の高い世代を気にかける。
手土産として人気なのはシュークリーム。上部にクッキー生地をのせてカリッと仕上げ、タルトと同じカスタードクリームと生クリームを混ぜたクリームがたっぷりだ。
訪れた人も家族の顔が思い浮かぶようなお店。レジ横には焼き菓子類もあるので、ケーキを食べたあと、お土産を買って帰ろうと思うことも多いのかもしれない。
取材・撮影・文=野崎さおり