着て楽しむ古着。オーナー夫妻が意識する等身大の品揃え
エトアール通りに面したお店は、パッと見ただけでは古着店だとはすぐにはわからないかもしれない。店内もすっきりしていて、高円寺にたくさんある古着のお店とはどことなく違う雰囲気だ。並んでいるアイテムは、すぐに手に取って、鏡の前で合わせてみたくなる。
オーナーの小山さん夫妻は、独立前から高円寺の古着店で働いていた直さんが2004年にメンズの『ROIR』をオープン。のちに佑美さんがレディースがメインの『i nou』を2013年にオープン。『i nou』は、ヴィンテージがブームとなった2018年ごろから百貨店などへのポップアップ出店を何度も経験。古着が好きな人たちには知られた存在だ。
その小山さん夫妻が2020年10月に『Anthony』をオープンしたのは、年齢を重ねた分、改めて自分たちの等身大の服を扱いたいという気持ちからだった。
「『i nou』では“日常に馴染む古着”をコンセプトに等身大の服を選んできましたが、いつの間にか私たちよりも若い人向けになってきました。だから、その延長線で大人バージョンのお店を始めようと考えました。全身のスタイルをイメージして、自分たちが、今、いいと思うものを買い付けていることは共通しています」と佑美さん。
アパレルブランドでの経験が生きるリアリティのあるスタイリング
確かに『Anthony』に並ぶ服は、通勤やショッピングなど日常的なシーンで着られそうなものが多い。そこには以前、アパレルメーカーでレディースブランドのデザイン・企画を担当していた佑美さんの考えが反映されている。
「古着は、1つだけポンと目の前にあると、どうやって着たらいいんだろうと思うことが多いです。新品のブランドでは、モデルさんが着用している写真などでスタイリングのイメージを提供しています。だから古着も誰かが着て、スタイリングが成立している状態をSNSで見せると、リアルに感じてもらえると思います」。
佑美さんが今、重要視しているのはサイズ感のバランス。そして多様化もキーワードだと感じている。
「今の時代に着られる雰囲気だけど、80年代や90年代ごろまでの古いものであることを意識しています。今着てもおしゃれなのに、例えば80年代のもので、しかもいい状態で残っていることに喜びを感じます」。
普段、店舗で接客を担当するスタッフには、「気に入った物を買ってもらうためのお手伝いをしてほしい」と伝えている。並べている商品が、時代にあっていて実用的で、スタイリングしやすい。だから、きちんと伝えさえすれば、気に入ったものを見つけてもらえる。そんな自信があるからだ。
「ファッションが多様化して、少しわかりにくいバランスづくりが今の時代らしいのかなと思います。メンズもレディースも扱っているので、おもしろいスタイリングがしやすいこともうちの強みかもしれません」と佑美さん。
コロナ禍の新店オープンは新生活スタートとほぼ同時。家族で買い付けが叶う2023年に
オープンして2年が経った『Anthony』だが、「コロナ禍の最中だったので、ひっそりとオープンしたんです」と小山さん夫妻は話す。社会の混乱や不安を感じながら『Anthony』をオープンした当時は、第1子が誕生して間もない頃でもあった。
それまでは買い付けのための渡米はふたり一緒。子供の誕生後も家族3人で買い付けに行くことを考えていたが、幼い子を連れての渡航は難しくなった。それ以来、アメリカに行く必要があるときは、出かけるのは直さんだけ。現地でレディースの買い付けも佑美さんから直さんに託すという状態がしばらく続いている。
「倉庫で品物の仕分けやお直しをしながら、こういうのが欲しいとか、あんなものが足りないと思いついたそばからどんどん夫に伝えると、それを必死にメモしてくれています」と佑美さん。『Anthony』も『i nou』も、セレクトには年代やジャンルといった明確な基準があるわけでもない。
ずっと古着の世界で、しかもメンズを主に見てきて「僕はスタイリングより、買い付けや、服を見たり、着たりするのが好きなんですよ」と話す直さん。時代にあったスタイリングを重視した佑美さんのリクエストを的確に捉えて応えるのは、最初は難しかったそう。2年以上が経過した今は、見事に意向を反映した服を仕入れるようになったのだとか。
「次回は3人でアメリカに買い付けに行くつもりです」とにこやかに話す小山さんご夫妻。ふたりが協力し、年齢や暮らしにあった等身大の古着が並ぶ店には、ますます日々に取り入れやすいアイテムが充実しそうだ。
取材・撮影・文=野崎さおり