NHK大阪制作の底力を見せつけられた、傑作朝ドラ『芋たこなんきん』
このドラマを語るにあたり、筆者はまず猛省することから始めなければならない。2006年当時大学生だった私は、このドラマをほとんど見なかったのだ。前作が宮崎あおい主演のこれまた傑作『純情きらり』だったことが大きな要因だ。後に大河ドラマ『篤姫』で国民的女優となる宮崎あおいの瑞々しい演技にときめいたし、ブレイク前夜の西島秀俊の演技に心を動かされたのも間違いない。とにかく『純情きらり』が素晴らしすぎて、次作『芋たこなんきん』に気持ちを持っていけなかったのだ。2013年の「あまちゃんロス」以後、朝ドラの「ロス」が叫ばれるようになったが、当時の私は紛れもない「純情きらりロス」に陥っており、とてもほかのドラマに興味を示せる状況ではなかった。
あれから16年、再放送のおかげでついに「幻の朝ドラ」を見る機会を得た。ヒロインのモデルである小説家、田辺聖子が亡くなってからも数年経過したまさかのタイミングでの放送だったが、半年間見終わった感想は1つ。
「これは朝ドラを語るときに外してはならない作品だ! 」
朝ドラはNHK東京放送局、NHK大阪放送局が交互に制作することで知られているが、人情味あふれる物語、涙も笑いもたっぷりの温かいドラマで、まさにNHK大阪制作の魅力がたくさん詰まった作品だった。今回はそのヒロイン町子とともに、彼女のゆかりの地を散歩してみたい。
まずはストーリーを振り返ってみよう。
小説家を目指している37歳の花岡町子(藤山直美)は大阪の町医者、徳永健次郎(國村隼)と出会い互いに心惹かれていく。健次郎は男手ひとつで5人の小さな子どもを育てる町医者で、町子は作家として独り立ちしようという時期だったため一度は結婚を拒む。しかし健次郎のやさしさや人柄に触れ2人は結ばれることとなり、新しい家族と人生の悲喜こもごもを共にしていく……。
と、ここに書いたのはあくまであらすじ。健次郎の子どもたちの成長を見守るという朝ドラらしい楽しみもあったし、濃厚キャラたちが活躍する群像劇でもあった。そして何より、週ごとのエピソードが本当にお見事!大阪の街にお忍びでやって来た謎のハリウッドスター。町子のそっくりさん。町子の秘書、矢木沢純子(いしだあゆみ)の切ない恋……。登場人物それぞれにドラマがあり、どの週も見どころだらけ。田辺聖子自身のエッセイがベースとなっているだけに何気ない挿話、1つ1つが生き生きとした力にみなぎっていた。
また、町子の幼少期の回想が要所に差し込まれるという構成も作品に奥行きを持たせることに一役買っており、戦時中の花岡家のストーリーにも泣き笑いが満載だった。母親役の鈴木杏樹、父親役の城島茂の熱演も光り、昭和初期から昭和40年代、そして平成まで、時代時代の「大阪」を投影するドラマとしても面白かった。
主人公2人が運命の出会いを果たしたあの公園は、今おしゃれスポットに進化
そろそろ、町子(藤山直美)と大阪の街を歩いてみよう。まずはヒロイン町子とパートナーとなる健次郎(國村隼)が運命的な出会いを果たした場所だ。ここは通天閣の見える天王寺公園で、2人は出会ってすぐにいきなり喧嘩。その後、飲み友達となり少しずつ心を許していく。
この2人の「出会い」には上手な仕掛けがあり、視聴者は2度感動させられることとなる。まずはヒロイン町子目線での健次郎との出会い。これは物語の最序盤で、視聴者は以後、町子が思っても見なかった人生を切り拓いていく様子を、やさしく見守る。2度目は健次郎目線。前妻が亡くなってから町子に出会うまで、視聴者が見たことのなかった健次郎の姿が物語の最終盤に明かされ涙を誘った。あの素敵な出会いの場所、時間を体感できるというだけで、天王寺公園は『芋たこ』ファンにはたまらないスポットだ。朝ドラは若い俳優たちの恋愛にキュンとすることが多いが、当時、藤山直美、國村隼は円熟期を迎えた既に名のある俳優だった。圧倒的な演技力と、丁寧な芝居により若者のそれ以上に胸が締め付けられる大人の恋愛、そして付かず離れずの素敵な夫婦像を見せてくれた。
ドラマは昭和40年代だったが、実はこの公園は今っぽく進化を遂げていた。天王寺公園には「てんしば」というカフェ、レストラン、フットサルコートなどが並ぶエントランスエリアが誕生しているのだ。町子や健次郎の時代では考えられなかった光景だろう。それでも、この場所でふらっと散歩を楽しんでいる町子とカモカのおっちゃんの姿もなんだかすんなり想像できてしまう。
「てんしば」は天王寺駅から程近くアクセスも良好だ。田辺聖子の代表作でもある『ジョゼと虎と魚たち』は実写映画も人気だったが、2020年にはアニメ映画も公開されている。アニメ版の主人公たちは「てんしば」を訪れており、この辺りは『ジョゼ虎』ファンの聖地でもある。時代が変わっても今なお、田辺聖子の魂がこの街に息づき、新しい文化にもしっかりつながっているのだ。
徳永医院があった街、天満。大阪人の強さと活気を思い知らされる場所
続いて訪れたいのは天満駅だ。徳永医院は天満の商店街にあるという設定だった。このあたりは、天神橋筋商店街が通っておりとても賑やかだ。ちなみに天神橋筋商店街2丁目は2007年下半期の朝ドラ『ちりとてちん』の舞台ともなっている。
町子が嫁いでから、物語の舞台は徳永医院にある「天満北商店街」周辺に移る。昭和40年代の話だったから近隣住民とも距離が近く、ハートフルなやりとりが印象的だった。モデルと言われる天神橋筋商店街は今歩いても「人情」を感じる場所だ。長い商店街には多くの店がところ狭しと並び、空腹を刺激するいい匂いが漂ってくる。元気の良い大阪弁が飛び交い、つねに活気であふれている。天満駅の北側には古くから続く「天満市場」があり、食い倒れの街、大阪を象徴する場所とも言えるだろう。(ちなみに天満市場は2013年下半期『ごちそうさん』の舞台!)
大変な時代を生き抜いた人々のエナジーにあふれていた、昭和40年代の大阪
ドラマで大事な役割を担ったおでん屋『たこ芳』のような店が、昔はこの辺りにもたくさんあったに違いない。そう考えると、改めて驚かされるのは昭和の人々のエネルギッシュさだ。ドラマでは昭和20年の大阪空襲が回想シーンで丁寧に描かれるなど、まだ生々しい太平洋戦争の記憶が切なく、そして印象的に差しこまれていた。大きな戦災からわずか20年ほどで『芋たこなんきん』のような豊かで朗らかな世界に復興させたとは、当時の人々の努力はいかばかりだったか。思えば町子が小説と対峙するときも、健次郎が患者と相対するときも、そこには必死さと真摯さ、そして情熱があった。『芋たこなんきん』は、戦中戦後の大変な時代を生きた人たちのバイタリティを痛感させられるドラマでもあったのだ。お仕事ものであり、家族ものでもあり、そして丹念に人の気持ちを描く作品。なるほど、DVD化がされなくともいまだにファンが多いはずだ。また何度も再放送してほしいドラマだった。
「ねえ、健次郎さん、私ね……」、町子の声がまだ耳から離れない。『たこ芳』で乾杯をする2人を夢想すると、商店街を歩く足は自然と裏通りの奥の方へと伸び、見ず知らずのおでん屋へと誘われるのだった。
文・撮影=半澤則吉
参考:『朝ドラの55年 全93作品完全保存版』(NHK出版)