ハマちゃん&みち子さん宅はどこだ?
「東京だって海岸よ。海のへりよ。海があればお魚さんだっているんじゃない?」
シリーズ第1作『釣りバカ日誌』冒頭、愛妻·みち子さんのこのひと言が、主人公·浜崎伝助に東京転勤を決意させる。そう。この全22作に及ぶ日本映画最後の喜劇シリーズは、ハマちゃん&みち子さん夫妻が東京(およびその近郊)に移り住むところから、すべてが始まるのだ。
では、ハマちゃん夫妻は東京近郊のどこに住んだのだろうか。釣り船や屋形船が係留されている船だまりのそばというのはお約束だけど、残念ながら、
『サザエさん』→桜新町
『クレヨンしんちゃん』→春日部
『男はつらいよ』→葛飾柴又
ってなようには1ヶ所に特定できない。それは「釣りバカ」シリーズ各作品の設定には連続性がなく(愛息·鯉太郎の成長は例外として)、1話完結のスタイルだから。自宅の設定も作品によってまちまちなのだ。
まずはシリーズ全22作のハマちゃん宅所在地を総ざらいしてみた。
《「釣りバカ」シリーズ全22作 ハマちゃん宅所在地》
『釣りバカ日誌』 品川浦
『釣りバカ日誌2』 金沢八景
『釣りバカ日誌3』 金沢八景
『釣りバカ日誌4』 羽田
『釣りバカ日誌5』 羽田
『釣りバカ日誌6』 金沢八景
『釣りバカ日誌スペシャル』 羽田
『釣りバカ日誌7』 羽田
『釣りバカ日誌8』 羽田(前半)、金沢八景(後半)
『釣りバカ日誌9』 品川浦
『釣りバカ日誌10』 品川浦
『花のお江戸の釣りバカ日誌』 神田銀町(しろがねちょう)※神田新銀町(しんしろがねちょう)のことか。現·神田司町2丁目~神田多町2丁目辺り
『釣りバカ日誌イレブン』 羽田(ただし「太田屋」の市外局番は045)
『釣りバカ日誌12』 羽田
『釣りバカ日誌13』 羽田
『釣りバカ日誌14』 金沢八景
『釣りバカ日誌15』 金沢八景
『釣りバカ日誌16』 羽田
『釣りバカ日誌17』 金沢八景
『釣りバカ日誌18』 羽田
『釣りバカ日誌19』 金沢八景
『釣りバカ日誌20ファイナル』 金沢八景
とまあ、まとめると、
品川浦(北品川駅周辺)
羽田(弁天橋付近。多摩川河口と海老取川の合流地点付近)
金沢八景(野島公園駅対岸付近)
の3ヶ所がハマちゃん&みち子さん宅の所在地として確認できる。
映画を観る限りそれぞれ魅力的な水辺のエリアだけど、リアルな現地にはなにか釣りバカ的な発見があるのだろうか。実際に歩いてみた。
スーさん映えする船だまりの町~品川浦
記念すべきシリーズ第1作のハマちゃんちは、旧東海道や京急·北品川駅にほど近い品川浦。以前は「北品川の船だまり」と呼んでいたような気がするけど、最近では品川浦という呼称が定着しているみたい。
街道散策の名スポットの割には、ハマちゃんち所在地としての品川浦の登場は全3作と少ないが、その一方でシリーズ屈指の味わい深いシーンが撮影されている。
品川浦の船だまりは、3作中に何度となく映し出され、大東京に漁師町が健在であることを観る者に強く印象づける。そして、そこに架かる北品川橋は、ハマちゃんもスーさんもお互いの素性をまだ知らない頃、スーさんの釣り初体験に際し、二人が待ち合わせた場所だ(『釣りバカ日誌』)。
ハマちゃんを待つスーさんが傍らにたたずんでいる石の擬宝珠も当時のまま。「釣りバカ」ファンにとっては、この擬宝珠がまさに“スーさん魚釣り事始めの碑”なのだ。んーっ、頬ずりしたくなる衝動が抑え切れないっ。
興奮冷めやらぬまま北品川駅方面に向かう。
同駅の上りホームもハマちゃんに喪服を届けるみち子さんが電車を待つシーンで使われているが(『釣りバカ日誌』)、ここでぜひ足を運びたいのが新馬場駅寄りに設けられた踏切だ。
この辺りで浜崎家から帰るスーさんをみち子さんが駅まで送る夜道のシーンが撮られている(『釣りバカ』など)。
「ーーひとつだけあるわ、欲しいもの」
(中略)
「ぜひ教えてもらいたいなあ」
「赤ちゃん……」
「ちょっと無理かも知れませんねぇ。今の私には」
そして、寒がるスーさんに、みち子さんが自分の赤いマフラーをグルグル~っと。
ス、スーさん、うらやまし~!石田えり版みち子さんにそんなコトされちゃ男冥利に尽きますよ~。
ともあれ、いちばんはじめのハマちゃんちがあった品川浦は、実は主人公·ハマちゃんよりもスーさん映えするエリアであった。
リアル「太田丸」「太田屋」にカンゲキ!~金沢八景
金沢八景とひと口に言っても、いささか広うごさんす。そこで「釣りバカ」歩きとしては京急·金沢八景駅からシーサイドラインをひと駅乗って、野島公園駅から始めてみたい。
ホームに降り立つと運河の対岸に、船だまりと数軒の船宿が見える。さらによくよく凝視すると、そのうちの一軒に「太田屋」の看板がっ。
そう。「釣りバカ」ファンならもうお気づきであろう。あの愛すべき友人にしてチト厄介な隣人·太田八郎(通称ハチ、演·中本賢)が営む設定の船宿「太田屋」だ。
「え?実在するの?」
驚く読者も多かろう。でも実在するのである。金沢八景で船宿を営む「太田屋」は、シリーズ当初から撮影に協力されていて、その縁からか作中の船宿も同じ屋号となっているのだ。“ほぼ”実在と言えよう。
改札を出て、映画に何度も登場する野島橋を渡り、「太田屋」に近づいてみる。すると店の前の岸壁には「太田丸」が!作中、ハチが船長を務めるあの「太田丸」が係留されているではないか!たまらん!たまらん!も~、たまらん!!ハチ推し(いるのか?)なら、感極まって狂乱しそうなくらいの聖地 of 聖地ではあるまいかっ!
シーサイドラインに乗れば、この「釣りバカ」的聖地や撮影に使われた八景島の遠景などが思いのままに見渡せる。車窓はまさに映画の一場面そのものだ。もしやこの交通システムは「釣りバカ」ファンのために建設されたのでは……と密かに邪推しながら帰路につくのであった。
スポット豊富な釣りバカの宝庫~羽田
ハマちゃん一家は京急沿線好きだ。北品川、金沢八景に続き、羽田の自宅も京急空港線の穴守稲荷駅が最寄りとなる。
改札を出て北に進み、まずは穴守稲荷にお参り。参拝後、東に抜けると海老取川のカミソリ堤防に突き当たる。羽田の国際線ターミナル関連の工事でなにやら騒がしい対岸を左手に見つつ堤防の側道を南下すると弁天橋が近づいてきた。
この辺りで帰宅するスーさんをみち子さんが見送るシーンが撮られているから(『釣りバカ4』など)、ハマちゃんちもこの弁天橋西詰近辺の設定だろうか。それだけにほかにも見どころが多い。
田中邦衛演じる自転車店主人が太極拳に興じていたり、彼の営む「田宮自転車店」があったのもこの辺りだし(『釣りバカスペシャル』)、少し足を伸ばして石積の護岸「五十間鼻」(「釣りバカスペシャル」)、多摩川の赤レンガ堤防(『釣りバカ18』ほか)といった歴史的建造物や、羽田漁港(『釣りバカ12』ほか)など、映し出されたスポットは枚挙に暇がない。
なかでも必見なのは「鯉太郎ハイハイ堤防」(『釣りバカ5』)だろう。家から姿を消してしまった愛息·鯉太郎(当時推定6ヶ月)が、アクロバティックに堤防をハイハイする無邪気な姿と周囲の大人のパニックぶりの対比が微笑ましくもバカバカしい名シーン。その堤防がしっかり確認できるのだ。
歴史的建造物から赤子のトラブルまで、釣りバカの宝庫がここにある。
江戸前はどっこい元気だ!
シリーズ開始から2022年で34年、終了から13年。品川浦では品川駅港南口オフィス街が拡張してすぐそこまで迫り、金沢八景にはマンションが増殖し、羽田の海老取川対岸では羽田空港国際線ターミナル関連の再開発が急ピッチで進む。
そんなギンギラギンの都市化をよそに、東京湾(=江戸前)の玄関口たるこれらの船だまりには釣り人が集い、ヒラヒラリンと漁師町の情緒が香る。
♪昇る朝日のように~(by西田敏行)とまで言ってしまってはチト大袈裟だが、釣りバカも江戸前もどっこい元気だ~。
文・撮影=瀬戸信保 イラスト=オギリマサホ