乗代雄介・温又柔・澤村伊智・滝口悠生・能町みね子 著/交通新聞社/2022年/2420円
乗代雄介・温又柔・澤村伊智・滝口悠生・能町みね子 著/交通新聞社/2022年/2420円

澤村さんのTwitterより
———書き下ろし競作集『鉄道小説』が出ます。自分は阪急宝塚線と阪急電鉄8000系が出てくる大変ローカルな短編を書きました。担当編集者によると「この装丁とテーマの本に、こんな気持ちになる話が入っているとは誰も思わないでしょう」とのこと。———

誰も想像し得ない? それは変化球のような? まさかの落とし穴的な? どんな話なのだろう。おっと、ここから若干のネタバレ含むゆえ、未読の皆さまには黄色い線までお下がりいただき、乗車の際には十分ご注意くださいますように。

澤村伊智 Sawamura Ichi

1979年、大阪府生まれ。東京都在住。2015年『ぼぎわん』(刊行時『ぼぎわんが、来る』に改題)で第22回ホラー小説大賞〈大賞〉を受賞しデビュー(デビュー日は、K-POPアイドル「TWICE」と1週間違い!)19年「学校は死の匂い」で第72回日本推理作家協会賞〈短編部門〉受賞。著作に『ずうのめ人形』『ししりばの家』『うるはしみにくし あなたのともだち』『怖ガラセ屋サン』『怪談小説という名の小説怪談』など最新刊は『ばくうどの悪夢』(2022年11月2日発売)。 

物語の起点は子供時代の記憶

「ビッグプロジェクトに選んでいただいてありがたいです最初、なんで自分が? と思ったのですが、とても光栄でした」と、今回の書き下ろし短編について、にこやかに語り始める澤村さん。実は、物語の内容について編集部よりお願いがあったという。 

「わりと、むちゃぶりされたことがあって(笑)。実在する駅とか鉄道名を出して、それらにネガティブイメージつかないように。なおかつホラーっぽいものをやってくださいって。でも人は死なないようにとか。いや、どうしようと思いました 

困惑した澤村さんはどのように物語づくりに取り組んだのだろうか。 

「鉄道に詳しかったらいろんな方法があったと思うのですが、特に詳しいわけではない。だから小手先で鉄道知識をぶち込んだところで無知がバレるなあと思ったんです知らない分野を書くときは、わずかな接点に寄り掛かるしかないのです

 

<「行かなかった遊園地と非心霊写真」あらすじ>
「これね、心霊写真なんですよ」。怪談作家になることを諦めたばかりのフリーの文筆業・伊澤の元に、不意に舞い込んできた「怪談」。1989年、阪急宝塚線の中山駅と当時の最新車両8000系。偶然出会った同郷の山田が見せた写真の中で、はにかんだ笑みを浮かべる少年とは――。 


物語は、澤村さん自身の真正直な思い出や記憶が起点になっている。
 

冒頭で登場する阪急8000系電車は、阪急創立80周年を記念して開発され198911日に営業開始した。澤村さん、10歳の時だ。 

鉄道への関心は当時の世代の子供としてはごく普通でした。家に鉄道の本はあったけどハマることもなく。それでも、8000系すごい! 登場してうれしい! と思ったし、“デュオーン デュオーン”と聞こえる発車音には心躍りましたね今回の話は、そういう実体験から膨らんだ個人的なノスタルジーの不思議な話なんです 

この日話をうかがった『Yonchome Cafe』からはJR高円寺駅が見える。
この日話をうかがった『Yonchome Cafe』からはJR高円寺駅が見える。

関西の遊園地話へと発展

阪急電車といえば、JRや阪神電車、いや日本各地のさまざまな私鉄と比べても風格漂う関西方面にゆかりのある人なら、車両をデコレーションする落ち着いた小豆色、「阪急マルーン」と称されるあのカラーすぐに思い浮かべるだろう 

阪急8000系電車。この小豆色が印象的。(写真=交通新聞クリエイト)
阪急8000系電車。この小豆色が印象的。(写真=交通新聞クリエイト)

地元を出て上京して、改めて高級感のある電車だと感じました今思えば、駅のポスターや中吊りが宝塚歌劇ばかりで、相当異様でした。まあ、宝塚線誕生の背景には『宝塚歌劇を観せる』というのもありますから。一番利用していたのは、高校時代。電車通学だったので、“足”でした 

物語に登場する宝塚ファミリーランドは、澤村さんの子供時代には、遊園地動物園植物園が整備された人気レジャーパーク。休日には家族連れが訪れるいわば平和の象徴のような場所だった。 

小学5年生くらいかなみんながマセてきて、男女で行くんです。今考えたらしょっぱい、大したことのない遊園地だったのに 

当時あった遊園地は他に、『甲子園阪神パーク』(兵庫県西宮市)、ポートアイランドに誕生した『神戸ポートピアランド』(兵庫県神戸市)などだ 

「今、生き残っている『ひらかたパーク』(大阪市枚方市)は、昭和30年代生まれの母でもバカにしていた遊園地なのに、20世紀末に急に改装してひらパーって言い出して、いつの間にか人気になってた。まさかの大逆転ですね」 

と、関西私設遊園地の話題に花が咲く

あの時代・あの沿線の「あるある」をたっぷり

舞台はピンポイントで兵庫県、阪急電車宝塚線沿線だ。乗車経験のない人にはなじみなく、風景や距離感は想像するしかない。しかし、随所に描かれる子供時代特有の微妙な人間関係は誰にとっても多かれ少なかれ心に当たり引き込まれてしまうだろう。 

そして事件は、クラスメイトの一人を仲間外れにするという、どうしようもなく些細でくだらないことがきっかけで展開していく 

やったこと、やられたことがあるから、グサリと刺さる。そして思い出したくない嫌なことが蘇るのだ。 

「子供の頃の、わぁ気持ち悪いって思うような最悪な記憶、読んでいる人にもあると思う。ああいうしょぼい、一人ハブろうぜという本当にくだらない事件を起こしたかった。些細でイヤな話をやりたかったんです」 

終着駅に『宝塚ファミリーランド』がある阪急電車沿線で生きて暮らした人間の “あるある” がジリジリと攻めてくる物語日常の当たり前に走る「鉄道」と「怖い話」が出合うことの違和感のなさに怖くなる。 

関西方面に行く機会があれば、物語の沿線へ。ピースサインで記念撮影を忘れずに。 

鉄道小説
短編集『鉄道小説』
“人と鉄道の記憶”についての物語を5人の作家が執筆、全編書き下ろしのアンソロジー。

取材・文=松井一恵 撮影=鈴木愛子