とても落ち着ける温かい雰囲気の南イタリア料理のレストラン
まずその店名に、身に覚えのある方々(たぶんほとんどすべての方)は一瞬ドキッとさせられるだろう。銀座のど真ん中にある南イタリア料理の老舗、その名も『スケベニンゲン』。もちろん店名の由来は日本語のそれとはまったく別のところからきている。それが私たちを一瞬ドキッとさせるのは、ただの偶然、ではなく初代オーナーの遊び心とセンスの賜物なのだ。
銀座三越のすぐ近くにある『銀座 スケベニンゲン』。中央通りから三越と松屋に挟まれた松屋通りを入り100mほど歩いていくと、地下にあるお店に通じる温かいライトに照らされた黄色い階段が目に飛び込んでくる。階段の天井や壁に描かれた料理や食材のイラストに、早くも食欲がそそられる。そしてなぜか理髪店のサインである青、白、赤の帯。
降りた正面に『スケベニンゲン』の扉があるが、地下の廊下はその奥に続いており、そこが理髪店になっていた。「よく間違えて入ってこられる方がいるんです」と店長の越塚さん。
お店は黄色とオレンジ、ピンクの暖色の壁に囲まれ木製の椅子が並べられた温かな雰囲気。座った瞬間にゆったり落ち着いた空気に包まれるような空間だ。お店の一番奥の大きな黒板にはディナーとランチのおすすめメニューが書かれている。
ランチ時にはほぼすべての席が埋まるそう。三越や松屋で働いている方々や、すぐお隣の王子製紙にお勤めの方々も多く来店されるとのこと。そのやさしい味のおかげか、女性の方々も多いという。
インパクトのある店名は創業者の直感で決まった
『銀座 スケベニンゲン』がこの地に開店したのは1979年のこと。もともとは1977年に旅行代理店出身の初代オーナーの小野澤邦夫さんとシェフの山口櫻子さんが、新橋駅のすぐ近くに旅行会社&喫茶店を開店したのが始まりだった。
1977年といえば、円が1ドル360円の時代から変動相場制に移行して数年後。まだまだ海外旅行が特別なもので、ツアー旅行など存在していなかった時代だ。その時代に、ヨーロッパ旅行の企画のため2人で各地を訪問。旅にはもう1つ、日本でお店を開くための取材という目的もあった。
『スケベニンゲン』とはその旅先、オランダのハーグ市郊外のリゾート地「SCHEVENINGEN」からとったもの。その地名を見た途端、お店の名前はコレ! と感じたのだとか。2人のシャレ心、人間を愛する気持ちがコレ! と感じさせたのか。一度聞いたら忘れないそのネーミングは見事に成功した。
1979年、新橋からここ銀座3丁目に移り、南イタリア家庭料理の店『銀座スケベニンゲン』を開店。
「お2人ともすごくお洒落で、こだわりをお持ちでした。そんな2人だからお店も一番上等な場所である銀座に開かれたのだと思います」と銀座の真ん中に開店した理由を教えてくれたのは、お2人のあとを継いで店長を務められている越塚さん。現在お店は越塚さんと料理を担当する君島さんのお2人で切り盛りしている。
「山口さんはもうお亡くなりになりましたが、小野澤さんは沖縄で素晴らしい家を建てて悠々自適にお暮しになっています。今もたまにお店に顔を出されることがあります」と越塚さん。さすが、というべきか。青い海が広々と浮かんでくるようなお話である。
やさしさに包まれた名物料理フリッタータ
さて今回いただいたのは、『スケベニンゲン』の名物料理フリッタータ1100円。ランチではサラダとドリンクが付く。
登場したフリッタータは、知らないで注文した人が見れば「これパスタなの?」と思ってしまう不思議な形状だ。まるでオムレツのような形。パスタと卵がまじりあいながら、きれいな形にまとめられている。
フォークで持ち上げてみると確かにパスタ。麺がミートソースや卵と絡みあいながら立ち上がる。「自家製のミートソースと全卵、パルミジャーノチーズを入れ、混ぜてからパスタを入れます。そしてオムレツを作る要領でフライパンで成形していき、こんがりと焼き目を付けていきます」と作り手の君島さん。
食べてみると、ミートソースの肉、トマト感が卵やチーズと交じり合って、まろやかな味わい。クリームパスタほどこってりとしておらず、するするのどを通っていき、どんどん食べられる。オムレツ状にまとまっているのでわからなかったが、ボリュームもしっかり目。この味わいがクセになり、およそ倍の量がある大盛り(プラス230円)を注文される人も多いとか。
南イタリアの人たちはこんなパスタの楽しみ方をしているのかと思いきや「いえ、この料理はシェフの山口櫻子さんが考えたオリジナル料理です」と越塚さん。つまりこの料理が食べられるのは世界でこのお店だけということだ。
ちなみに南イタリア料理の特徴は、地中海の豊かな魚介類を使っている点だとか。ここ『スケベニンゲン』では常に63種類のパスタを提供しており、人気のフリッタータだけでなく、「ぜひ魚介類を味わえるパスタや料理も楽しんでいただきたい」と越塚さんは話す。
銀座の真ん中で、リーズナブルにおいしい料理をリラックスした雰囲気で楽しめる老舗『銀座 スケベニンゲン』。ドキッとさせられて始まる名店は、あるようでめったに存在しない素晴らしい場所だった。
構成=アート・サプライ 取材・文・撮影=夏井誠