──漫画『翔んで埼玉』は今から30年以上前の作品ですが、この漫画を描いた当時、魔夜先生は埼玉にお住まいだったそうですね。
魔夜

所沢に住んでいました。新潟で漫画を描いていたんですが、忙しくなってきて東京に出てくるとなったときに、当時の掲載誌『花とゆめ』(白泉社)の編集長が所沢にしなさい、と。何もわからず来てみたら、編集長も、もっと怖い編集部長も、すぐそばに住んでいて、ずっと見張られている感じだったんです。だから屈折したものがあったんですね。早くここから出たいと思い続けて、4年かかりました。脱獄するのに。

──当時の所沢の風景はどんなだったか覚えていらっしゃいますか。
魔夜

畑の真ん中にある一戸建ての貸家に住んでいたんですが、空が青いのと、緑のネギ畑の色の対比がものすごく印象的でした。所沢駅から歩いて10分くらいのところです。当時の西武球場はまだドームじゃなくて、雨で試合が中止になると駅前で球場の弁当を安く売っていたんですよ。農家の方がときどき野菜を持ってきてくれたり、いい土地だったんですけど……とにかく逃げ出したかった。『パタリロ!』を描き始めて、コミックを1〜2冊出した、1980年ごろのことです。

翔んで埼玉
このマンガがすごい! comics(宝島社)/1982~83 年に『花とゆめ』別冊(白泉社)に3回に分けて連載された。2015年、宝島社より復刊。作者・魔夜峰央が所沢から横浜へ転居し、埼玉をネタにすることが難しくなったため、未完となっている。

映画/未完の原作漫画を引き継いで実写映画化。東京と埼玉の対立に、新たに千葉も参戦し、それぞれの思惑が錯綜する。その戦いはどんな結末を迎えるのか。2019年2月22日公開。実在の人名、団体名、特に地名とは全く関係ない。
──武内監督は、この漫画を初めて読んだとき、どう思われました?
武内

なんだこの漫画は! って。わたしは千葉県民なんですが、こんなにイジられて埼玉がちょっと羨うらやましいなって思ったんです。子供のころから千葉と埼玉は好敵手というか、往年のライバルと思ってきましたからね。漫画が未完だったので、千葉をむりやりねじ込んで映画で決着をつけられたらおもしろいなという遊び心がわきました。河原で千葉県民と埼玉県民が江戸川を挟んで対峙しているという絵がまず浮かんだんですよ。

魔夜 : あの川を挟んでにらみ合うシーン、わたしは一番好きですね。自分で映画を撮るなら、こういうシーンをつくりたいと思いました。

武内 : ロケ地を探して、関東中の河原を見て回ったんですよ。大勢のエキストラを集めて、3日がかりの撮影でした。

──漫画は未完ですが、魔夜先生のなかでは続きのイメージがありましたか。
魔夜

発表後、まったく反響はなかったし、なにも考えていませんでした。映画を観た後は、なおさら描けません。映像に引っ張られてしまいますから。漫画では後半にちらっと名前だけ出てくる「埼玉デューク」というキャラクターがいて、わたしのなかでは『ゴルゴ13』のデューク東郷のイメージだったんですが、京本政樹さんが演じられて、もう完全に塗り替えられました。この映画は、わたしが目指す方向へさらに発展しています。監督とは感性が似ているんだろうなと思いました。

やりきってしまえば別の次元へいける

二階堂ふみ演じる壇ノ浦百美(ももみ)は、都内屈指の名門校・白鵬堂学院の生徒会長であり、東京都知事の息子。 (C)2019映画『翔んで埼玉』製作委員会
──実写化するにあたって苦心したことは、なんですか。
武内

主人公の壇ノ浦百美(二階堂ふみ)と麻実麗(GACKT)が通う名門校では、埼玉出身者を見下して、ことあるごとにディスる描写があるんですが、どこまでやっていいのかを悩みました。原作を読んだときの感覚を指針にしましたが、やり過ぎるところまでやったほうが、かえって怒られないんだと思います。

魔夜 : わたしはだいたい、やりきる思いで描いてます。映画で、群馬の場面がありますが、あそこまでやれば群馬県民でも誰も怒らないですよ。

武内 : そうなんです。あれはもう群馬じゃない。そもそもこの映画は、実際の地名とは関係ないですからね!

──百美が麗についていこうとして「所沢へ?」と聞かれて、ビクッとするところ、かなり極端で原作でも好きな場面でしたが、映画もすばらしいシーンでした。
武内

あそこはおもしろいですよね。撮影では、先にGACKTさんを撮って、切り返して二階堂さんを撮ったんですが、二階堂さんがあまりにもすばらしい芝居をしたもんだからGACKTさんが悔しがって、もう一回やらせてくれと。日が暮れていたんですが、もう一回撮り直しました。二階堂さんは原作に近い表現をしたと思います。

魔夜 : 完全に原作を超えてると思いますよ。わたしは百美というキャラクターはほとんどお人形さんみたいな感じで描いていたんですが、二階堂さんは肉付けしてほんとうに生きている人間にしてくれたと思っています。

武内 : 百美は男性ですが、原作のビジュアルを完璧につくりあげようとして男女問わずキャスティングを考えたときに、二階堂さん一択でした。麗役も、役に負けない、超越してる人じゃないとだめです。荒唐無稽な話だからこその〝どマジ〞具合が、おふたりともこちらの予想をはるかに超えていました。

魔夜 : そのふたりのキスシーンは、ふわっとした感じで、映像化されて嬉しかった場面です。美しさがまず大事なんです。基本的にわたしが描く美少年は、中身は女性ですから。

緻密な取材から生まれた数々の名場面を見逃すな

(C)2019映画『翔んで埼玉』製作委員会
──映画では埼玉の風景描写や小ネタが満載で、その細かな部分の積み重ねでおもしろさに厚みが出ていると感じたのですが、かなり取材なさったんですよね?
武内

まず、埼玉県民や出身の人に会いまくりました。漫画を見せて、どう思う?って聞くと、みんな喜んでる。県知事までが「悪名は無名に勝る」とコメントを出したり。地方独自の県民性や風習に注目が集まっている今だからこそ映画化したらおもしろいと思いました。あとは、わたし自身、埼玉にあまり行ったことがなかったので、県内を車で走りまわりました。魔夜先生もおっしゃっていましたが、真っ青な空と、地形が平たいのが印象的でしたね。

──オープニングで、その真っ平らな風景のシーンがありますね。
武内

あれはほんとうに埼玉県内で撮影しました。ナスカの地上絵みたいです。

──今回の弊誌の特集は大宮と浦和ですが、劇中でそれぞれの代表がケンカしているところに与野代表が割り込んできて「与野は黙ってろ!」と言われるシーンがリアルでした。
武内

大宮と浦和、仲が悪いイメージですよね。うちの会社に与野出身の女性がいるんですが、大宮と浦和に挟まれて立場がないって言ってたのを聞いて、取り入れたシーンです。

──おすすめの小ネタはありますか?
武内

埼玉出身者を発見するために踏み絵をするシーンで、踏むのが草加せんべいで、焼き印の柄が県の鳥であるシラコバトなんです。スクリーンでアップになるので、美術に何十枚もつくらせて、シラコバトの悲しい表情にこだわりました。県のマスコットであるコバトンはこの鳥をモチーフにしていて、給食でコバトン牛乳を飲んで育ったという話を聞いたので、県民に愛されているんだなと。こうした一見ばかばかしいことを、真剣にやっているところが随所にあるので、見つけて楽しんでもらえると嬉しいです。

魔夜峰央(まやみねお)

1953年生まれ、新潟県出身。1973年、デビュー。1978年、『花とゆめ』(白泉社)で「パタリロ!」連載を開始、2018年11 月に第100 巻が発売された。作品は幅広い知識に裏付けされており、ギャグ、怪奇、歴史とジャンルも幅広い。

武内英樹(たけうちひでき)

1966年生まれ、千葉県出身。1990年、フジテレビジョン入社。『電車男』『カインとアベル』など数多くのテレビドラマの演出のほか、映画『のだめカンタービレ』『テルマエ・ロマエ』では監督を務めた。

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取材・文=屋敷直子 撮影=原 幹和
『散歩の達人』2019年1月号より