店と店の間の薄暗い路地を入っていくと、そこに『新橋 纏』があった。
新橋駅に降り立ち、地図で店の場所を確認した。烏森口から新橋柳通りに入り、『お好み焼きみっちゃん総本店 新橋店』の角の路地を入っていくと店があるはず……だった。道路に平子煮干そばの看板はあるのだが、入り口がわからない。
建物をひと回りしたが、居酒屋ばかりで『新橋 纏』の姿はなし。慌てて電話をするとさらに「路地を入ってください」とのことで……。
よく見ると路地の奥に店らしきものが見える。すると、店長の鈴木康浩さんが電話を片手に店先まで出て来てくれた。よかった〜、やっとたどり着いた。バッグを胸に押さえながら薄暗い路地をソロリソロリと入っていく。なんだか野良猫になった気分だ。
小走りで店に入ると、コンパクトながら機能的なお店が広がっていた。空間をうまく使い、少しでも快適に食事ができる工夫が凝らされている。
『新橋 纏』のオープンは2012年。もともとは広島発祥のつけ麺店だったが、7年前から今のスタイルになった。新橋が本店で、現在は目黒不動前にも姉妹店がある。店長の鈴木さんはこう語る。
「僕がこの店に入ったのは2016年でした。ラーメン店で10年働いてたこともあるんですけど、中華のシェフもやっていました。それで今の社長に声を掛けられて、『新橋 纏』の店長になりました」。ちなみに現在社長は目黒不動前店を賄っている。
鈴木さんはこの店独自の味を開発。姉妹店とも味が違うそうだ。それは早く食べてみたい!
スープ、麺、チャーシュー、味玉……あらゆるものに手を抜かず計算し尽くされたラーメン
鈴木さんが「何にします? って言ってもうちは5品しかないので悩みようがないですけど」と笑う。やはり、オーダーするなら平子煮干そばでしょう。個人的に大好きな煮干し系。さっき、炎天下の中小走りしたものだから身体的にも濃い煮干のスープを欲していた。
スープは2019年に鈴木さんが全面リニューアルをしたそう。「平子煮干しは10数年前にブームになって知りました。ただ、旨味が強くておいしいんだけど、クセも強いので賛否が分かれてしまいます。うちの場合は、万人にでも食べやすい煮干そばを目指しているので、煮干のほかに昆布やシイタケ、貝類、カツオ節を鶏で取ったスープと合わせています」と、鈴木さんはスープの鍋を見せてくれた。
素材の特徴や成分を計算して作っているそうだ。それじゃあすみませーん、特製平子煮干そばをお願いします! 鈴木さんはさっそく調理に取り掛かってくれた。
しばらくしてドーンと着丼! 特製平子煮干そば1050円。うーん、煮干と鶏のいい香り。 薬味はネギじゃなくて三つ葉、やわらかい穂先メンマを選ぶところにも鈴木さんのこだわりが垣間見える。
まずはスープから。煮干しのインパクトだけではなくて、山海の幸が手をつないで駆け寄ってくるよう。味のグラデーションが幾重にも重なっている。それぞれの個性が際立ちつつも口当たりはまろやかで、最後に平子煮干の苦味がふわっと感じさせるがそれもイヤじゃない。
万人に好かれる味とはいえ、旨味と個性が強いスープだけにストレート細麺では心もとないのではないかと心配したが、なかなかどうして。程よくコシがあるので食べ応えは十分だ。
極上のローストポークのようにしっとりしたチャーシューは、アツアツのスープで加熱が進み、好みのタイミングで食べられる。一枚で口いっぱいになるほど厚いから、チャーシュー好きにはうれしいところ。すべていただいて満腹&満足。ごちそうさまでした。
昼も夜も、サラリーマンの舌を満たす渾身の一杯
都内でも官公庁をはじめ、大手企業が集まる港区。とくに新橋は昔からサラリーマンの街と呼ばれてきた。『新橋 纏』のランチタイムを狙ってくるのはほとんどがサラリーマンで、8席を巡ってお客さんが殺到。オープンからほどなくして店の入り口には行列ができる。
夜は仕事終わりに一杯飲んだあと、『新橋 纏』のラーメンを食べてシメるお客さんもたくさんいる。「周囲はこれだけ飲食店がありますから、はしごをしていく方がほとんどなんじゃないですか? だけどその分、毎日同じ品質のものを提供できないと信用はあっという間に落ちてしまいます。特にうちのスープはクセが強いので、味がブレないよう細心の注意を払っています」と鈴木さんは語る。
ミルフィーユみたいに幾重にも味の層がかさなった平子煮干そば。きっと烏賊干鶏白湯そばも感動的な味わいなのだろう。その楽しみは次回まで取っておこうと思う。
構成=アート・サプライ 取材・文・撮影=パンチ広沢