深大寺の門前から少し離れた場所にあるカフェ。日本家屋風の佇まいから、今流行の古民家を改造したカフェと思いきや、歴史は驚くほど長かった。

「この建物は、45年前に兄の友人の建築士が設計してくれたの」と店主の内田雅子さん。木の温もりが溢れる店内には、優しい日差しが降り注いでいる。

内田さんは生まれも育ちも深大寺で、お兄さんはオーガニック志向の植木屋さんだそう。そんなお兄さんが裏の畑に深井戸を掘り、その水を引いて、おしるこの小豆も洗って煮ている。深大寺は湧水の地として有名で、地下には豊かな水脈があるのだ。

『曼珠苑(まんじゅえん)』という店名は、先祖の屋号「まんじゅうや」に由来して、深大寺の住職が命名したのだという。「昔は団子屋とか鍛冶屋とか、その家がやっていた職業で呼ばれていたの。それが、深大寺が観光地化するにつれてまんじゅう屋が増えて、紛らわしくなっちゃった。私は、ご先祖がまんじゅう屋をやっている頃を知らないのにね」と内田さん。

インドの服など素朴な民芸品を置く

実家の物置を利用して染色工房を営んでいた内田さんは、民芸品の魅力に惹かれ、当初は民芸屋として店を始めた。安くて良品の日常で使える日本の民芸品を扱っていたが、やがて、インドやアジアの手工芸品や、アフリカの布などの工芸品を扱うようになり、その傍らでコーヒーを出していたのが始まりだ。

「食品屋のいとこから『これからは絶対コーヒーの時代だから!』と言われて、民芸品を扱いながらコーヒーも出していたら、今はカフェが主役になっちゃった」。店内では今も、インドの手染めの洋服やストール、日本の陶器や絵画などを販売している。近くに曼珠苑のギャラリーもあるので、そこの作家さんの作品も置いている。

まろやかな水出しアイスコーヒー

コーヒーは色々な趣味人から教わったそう。ホットコーヒーのメニューはブレンドコーヒー400円のみ。ニューギニアブルーマウンテンを主に、コロンビア、モカ、ブラジルをブレンドして、店内の焙煎機で煎り、ネルドリップしている。それを教えてくれたのは、錦糸町でこだわりのコーヒー屋をやっていたおじいさん。焙煎機も、そのおじいさんから古い物を譲り受けたそう。そんな年代物の焙煎機で豆を煎る様子をみせてくれた。

「この焙煎機も、もうかなりのご老体、命からがらの道具なの」と笑う内田さんは、どこか楽しそうだ。ガスに着火するのも一苦労。生豆を入れて数分すると香ばしい匂いが漂って来た。

アイスコーヒー500円も、長い時間をかけて点滴抽出する水出しコーヒーを出している。一滴一滴の水がコーヒーの粉にじっくりと沁み込み、コーヒーの旨味を凝縮させて落ちていく。抽出するポットも長年使っているもので、アイスコーヒーのフィルターも手入れに手間がかかるネル素材。雑菌がつかないよう夜は冷凍庫に入れ、翌朝溶かして使っている。このアイスコーヒーが本当においしかった! 雑味や苦味がなく、体にすっと浸み入るようなまろやかな味わい。「アイスコーヒーはあまり飲まないけど、『曼珠苑』のアイスコーヒーなら飲む」と言うお客さんもいるのもうなずける。とはいえ内田さんには「愛好家を納得させよう」というような気構えはない。「(コーヒーを教えてくれた)おじいさんの教えからは離れて、非常にリラックスした、自分流になっちゃった」と笑う。

看板メニューの一つであるおしるこも、農家のおばあちゃんが作っていたような昔ながらの味。小豆は無農薬の北海道産、餅は玄米を使ったよもぎ餅だ。材料はすべてオーガニック食材だから、砂糖一つとっても品切れになると大騒ぎになるそう。おしるこは煎茶がついて600円。

「おしるこ作りはプロじゃないので、初めは吉祥寺の店に食べに行って研究して、それから長年煮てるからちょっとはおいしくなってると思う。水木しげる先生の漫画に登場するショキショキ妖怪(小豆とぎ)みたいに、毎日井戸水で小豆を洗って、そんな風にやってます」。

改めて店内を見回してみると、木製の椅子やテーブルも、それぞれ個性があって味わい深い物ばかり。「家具も古いものから新しいもの、そしてインドのものまで、色々な人のご縁があってここに置かれてます。そんな土台があってこの店が成り立っています」。

長い時間をかけて紡がれた人とのご縁と、物語のある道具、深大寺の水が織りなす特別な空間だ。でも、あくまでゆるく、のんびりと。誰でもリラックスできるような心地よい時間が流れている。

取材・文・撮影=新井鏡子

住所:東京都深大寺元町3-30-3/営業時間:11:00〜16:00/定休日:木・金・土・日のみ営業
/アクセス:京王線調布駅から深大寺行きバス終点下車、徒歩1分