サーフィンでお世話になった千葉の海にラーメンで恩返し
秋葉原の明神下店のほかに、東池袋の本店、千葉県いすみ店の3店舗を展開する、店主の田中友規さん。もとは都内のイタリアン店でシェフとして働きながら、プロサーファーを目指していた。22歳でイタリアン店を辞め、千葉に移住。創作料理店で働きながらサーフィンに打ち込んだ。
将来はイタリアンと創作料理の技術を活かして開業しようかと考えていた田中さん。25歳になった時、将来の選択肢の中に、以前『支那そばや』や『ちゃぶや』で食べた衝撃的なラーメンが浮かんだ。それから高田馬場の『俺の空』などいくつかの店で修業を積み、いつしかラーメンの道にのめり込んでいった。
26歳の時、サーフィンの先輩に誘われて、千葉のラーメン屋で総料理長を務めることになった。2006年から4店舗まで店舗展開するほど順調だったが、次は東京に進出したかった田中さん。7年半ほど勤めたラーメン店を辞め、2013年4月20日、自身のラーメン店を開業する。それが東池袋の本店『志奈そば 田なか』だ。
オープンで打ち出したのは鯵ニボそば。ちょうど煮干ラーメンが東京でも出始めた頃だ。「煮干ラーメンが苦手な人って煮干臭さがだめだから、青魚だけど全然臭くない、千葉九十九里の新鮮な魚が泳いでいるようなイメージで作ったんですよ。サーフィンで千葉の海にお世話になったので、千葉の食材を使おうと思って。恩返しみたいな気持ちですね」と田中さん。動物系不使用の鯵ニボそばは、ラーメン評論家から高い評価を受けた。
2店舗目を考えていた頃、ちょうどラーメン店仲間の店が閉店した場所でセカンドブランドを立ち上げることになった。2015年12月30日、秋葉原にオープンした店は、九十九里の伊勢海老やアワビ、サザエなどを使った出汁に麺だけを入れた、贅沢なかけラーメンを、夜限定で打ち出した。
その頃、1000円オーバーという高価格は、秋葉原でもアニメショップやメイドカフェなど若者でにぎわう電気街側では、なかなか理解してもらえなかったという。「麺とスープでシンプルなラーメンは、どちらかと言うとラーメン好きな方や評論家さんにウケました」。
煮干スープが一般的になってきた2017年には、九十九里煮干つけ麺でリニューアルし、2020年7月15日に鴨と煮干、煮干と担々麺を融合させた、現在の店へと再リニューアルした。
煮干×担々麺=にぼたん!? Ramenグランプリ優勝でカップ麺化した自信作
東池袋本店から始まった“煮干の可能性を広げる”こと。「担々麺専門店があって煮干専門店もあるのに、煮干と担々麺を合わせた店はない。鴨と煮干もそうですし、秋葉原では、煮干の可能性をさらに広げるために、煮干に今まで合わせたことがないものを考えてみたんですね」。
なかでも煮干と担々麵の「にぼたん」は、2020年Ramenグランプリでラーメン好きの投票と評論家による審査で選ばれ優勝し、カップ麺化した人気の一杯だ。
早速、一番人気のにぼたん880円を作っていただいた。
おすすめのにぼたんは、セメント系と呼ばれる濃厚な煮干の味が前面に出て、後から辛さ痺れがやってくる。しっかり煮干味の担々麺だ。煮干は千葉九十九里、トッピングに千葉八街のピーナツと千葉の食材を使っているのと、「亀戸出身なんで江戸川の小松菜を使ってます。生まれた場所と千葉をミックスさせて、どちらにも恩返しみたいな気持ちですね」と田中さん。
もうひとつ、にぼたんに欠かせない麺は、「妻の実家が製麺所をやっていて、特注麺を作ってもらってます」と、いわゆる“実家製麺”だ。すべての麺をスープに合わせて田中さんが調合して発注している。
オタク文化発祥の地で、革新的なラーメンを創り続ける
もう少し麺を食べたい人のための追い玉も用意されている。それも鴨、担々、煮干、ペペロンと味違いで4種類。
イタリアン出身の田中さんならではのペペロン味をにぼたんに合わせてみた。追い玉用の細麺にはパスタに使われるデュラムセモリナ粉がブレンドされていて、食感といい味といいイタリアンの王道ペペロンチーノそのもの。にぼたんのタレに絡めて食べると風味が増してさらにおいしい。
秋葉原で開業して7年。周りはアニメやメイドカフェなどオタク文化の発信地で、新しく変わったものを好む人たちが多い。だから数年毎にリニューアルして、新しい味を出していくスタイルが受け入れられてきた。「7年続いたので、秋葉原の店は10年続けることを目標にしています」。
2021年には、明神下店に続く3号店、千葉にいすみ店をオープンした。3号店は、週末になると観光客や海水浴客でにぎわうラーメン大衆居酒屋だ。「飲んでつまんで、〆に出てくるのが本気のラーメンです」。
秋葉原でも、いろんな土地の食材を取り入れて面白いものを出していきたいと田中さん。ラーメンに懸ける創造と革新は尽きない。その想いから生まれた独創的な一杯をぜひ味わってほしい。
構成=アート・サプライ 取材・文・撮影=大熊美智代