お昼の献立はリーズナブルなお値段の握りと丼もの20種類以上
神楽坂駅2番出口から出て早稲田通りを渡り、早稲田方面に向かってすぐ。瓦の軒が張り出した和風の店構えの寿司屋がある。『すし茶屋 吟遊』だ。
神楽坂で寿司と聞くと少々腰が引けるが、店先に出されたお昼の献立には料理写真とともに値段もしっかり載っている。メニューは20種類以上、しかもほとんどが1000円以下! これなら安心だ。
丼ものもいいけど握りも捨てがたい。いろんなお魚も食べたいし……。よし、決めた! 今日は“丼No.1”のマークがついた昼特ばらちらし990円を注文しよう。
笑顔で注文を聞きに来てくれたのは、元板長の甲斐日出男さん。「昼特ばらちらしは女性に人気があります。ネタは昼特にぎりとだいたい一緒なんですよ」。おお、それなら握りが食べたかった欲も満たされそうだ。
回らない寿司は久しぶり。わくわくしながらカウンター越しに職人さんの包丁さばきを眺め、できあがりを待つ。なんて贅沢な時間。
職人さんの手でネタがどんどん切り分けられるのを見ていると、いやがうえにも期待が高まる。このライブ感を味わえるのがカウンターの醍醐味だ。
1貫500円のマグロを惜しみなく使ったばらちらし
まずはお椀と小鉢が運ばれてくる。お椀と小鉢は日替わりで、この日は揚げ玉の味噌汁とナスの煮びたし、冷ややっこ。
そしていよいよ、主役のばらちらしが到着! 「味は付いているので、食べてみて足りなければ醤油を付けてくださいね」と甲斐さん。
さっそくスプーンで一口。うん、しっかり味が付いている。濃い味付けではないけれど、まったく醤油は必要ない。というか、このままで本当においしい。これは何で味付けしているのか甲斐さんに聞いた。
「穴子に付ける甘いタレを少しと、醤油にお酒とみりんをちょっと足して煮立たせた煮切り醤油を混ぜたものでネタを和えています」。
ネタは、マグロ、白身、サーモン、イカ、エビ、玉子、とびこ、キュウリ。握りには巻き物もあるので、その分、ばらちらしの方には煮シイタケなどの具がプラスされているとのこと。
「他所で仕込んだものをそのまま使うことをしないというのが店の基本的なこだわりです。玉子焼きもここで焼いてます」と甲斐さん。
「盛り付けも重要です。味付けをしたネタを盛り付けた後に、色の鮮やかな卵、キュウリを盛り付け、最後にとびこを盛る、という風に工夫しています」。
お醤油を付けずに食べられるから、ガツガツ食べ進められてしまう。たまに思い出したようにお箸に持ち替えて、小鉢と味噌汁をいただく。あっという間に完食。ごちそうさまでした!
昭和62年創業。寿司とお酒と肴が合わされば、そこが一番楽しい世界
『すし茶屋 吟遊』がオープンしたのは1987年。社長の二本松進さんと甲斐さんの2人で始めた。お2人はもといた会社の上司と部下。飲食業界ではなく、一般のメーカー業界の会社だったそう。「特別仲良しだったというわけではないんですが(笑)、のん兵衛でおいしいものを食べるのが好きで。しょっちゅう一緒に飲み歩いてました」と甲斐さん。
漠然と『飲食店をやろう』というところから始まり、取捨選択をして最終的に寿司屋に決めた。「とにかくおいしいものを集めていこうと。お酒とお寿司といろんな肴があれば、そこは1番楽しい世界なんじゃないかなと」。甲斐さんはとても楽しそうに回想する。
ほぼ同時期に会社を辞めたという社長と甲斐さん。その後甲斐さんは、寿司学校に通って寿司を一から学んだそう。「年齢的にものんびりしているわけにはいかない。毎日通って、魚のおろし方とか、基本的なことを短期間でぎゅっと勉強しました」。
店を始めてからは社長か甲斐さんのどちらかが必ず店に出ているので、かつてのように一緒に飲み歩く機会はほとんどないという。「徐々に若い職人たちに任せて、彼らだけで店を回せるようになればまた、ね」と甲斐さんは微笑む。
「お客さんが最初に注文したお酒から次は何を飲みたいか想像して、次におすすめを出したときに『あ、こういうのが飲みたかったんだよ』って言われたときは本当にうれしいんです。これだけメニューがあるとそれを頭の中でプロットするのはなかなか難しくて、誰でもできるものではない。それを若い人に伝承していかないといけないと思っています。彼らがこれからそういう力をつけていくのが楽しみですね」。
カウンターのお寿司屋さんは、メニューに価格が書かれていない店もある。その点、『すし茶屋 吟遊』はすべてのメニューに価格が表示されているから安心だ。カウンター寿司デビューにぜひおすすめしたい。
ランチでカウンターに慣れたら、夜のカウンターも体験したい。お店の人にいろいろ想像してもらって好みのお酒を出してもらいたいな、と思う。
取材・文・撮影=丸山美紀(アート・サプライ)