フレンチ、エジプト、日本料理…多彩な料理人歴を詰め込んだ創作料理店
神楽坂というと敷居の高さに一瞬戸惑うが、四つ葉のクローバーを配した店構えから入りやすい雰囲気。ここは店主の寺内良三さんが1人で切り盛りするお店。看板に創作料理とあるが、洋食から始まり、フランス料理、イタリア料理、エジプト料理、スペイン料理、日本料理とさまざまな修業経験が30年以上という。
料理人を目指したきっかけは母の手料理。「母の作ってくれたホワイトソースとオムライスを初めて食べた時、こんなに旨いもんが世の中にあるんだと思って、10歳で料理人になろうと決めたんです。母の手伝いで料理をよく作ってましたね」と寺内さん。
さらに家族で上野の『レストラン聚楽』に行った時、「1つの店でお寿司を食べられたり、おそばやオムライスを食べられたり。当時ファミリーレストランがまだない時代、いろんな趣味嗜好が分かれるなかで、選択肢の多い、こういう店を自分でできるといいなと思ったんです。中2の時には、店の名前も『幸せのはし』にしようと決めてましたね」。
日本人は箸でものを食べるから、そして店が人と人との架け橋になれれば、というところからつけた名前だ。
高校生の頃は寿司屋でアルバイト。魚のさばき方を教わり、3年間で活き造りもできるようになったという。でも「洋食のコックになりたい」という夢を目指し、高校卒業後は洋食の道に進む。「自分が思うようなところで働けなくて、最初は厨房の外で玉ねぎとじゃがいもばっかりむいてましたね」。下積み時代から料理の技術を着々と身につけ、さまざまな店で料理長を歴任する。
2006年10月17日、数々の料理修業経験を詰め込んだ念願の『幸せのはし』を神楽坂にオープンした。神楽坂は寺内さんの慣れ親しんだ地元。そのせいかアットホームで入りやすい雰囲気だ。
人気ランチはぱらぱらチャーハン! 味噌汁・サラダ・デザート付きでリーズナブル
チャーハンといえばしっとりこってりが当たり前だった時代で、最後に3年ほど勤めたカニ料理専門の日本料理店で思いついたのが、このぱらぱらチャーハンだ。開店当初はランチにぱらぱらチャーハンをメインにカレーも出していたが、あまりにチャーハンが人気でチャーハンだけになったそう。
早速、チャーハンを作り方から見せていただくと「あっという間ですよ」と寺内さん。
チャーハンをぱらぱらに炒めたら、ふんわり焼き上げた天津玉子をのせ、とろとろの甘酢餡をかけて完成だ。
中華スープじゃなくて味噌汁を付けているところに和の趣きがある。もともと家庭料理から料理人を目指したことや日本料理での修業経験も活かされている。
また、ランチをセットにしているのには理由がある。「男性や普段サラダや甘いものを食べない人でも、セットにするときれいに食べてくれるんですよ」と、食材をバランスよく食べてもらいたいという心配りがうれしい。
おいしい料理と気さくな店主がつくるこの店が、人と人をつなぐ架け橋に
餡は鰹と鶏ガラのスープに醤油、砂糖、酢など、具は蒸し鶏や干し椎茸、タケノコ、ニンジンなどと、味も和のテイストを取り入れたあっさりした味わい。
食べ進めるとご飯の粒が小さいのに気づく。「よりぱらつくように、お米屋さんに頼んで粒が小さいブレンド米を使ってます。今は福島と千葉と茨城のブレンドだそうですが、お米屋の親父さんも僕が子供の頃からの付き合いで、信頼してお任せしてます」。ぱらぱらだけどほどよくまとまり食べやすい仕上がりだ。
和テイストから一転、杏仁豆腐は洋風だ。「フランス料理でブランマンジェという、アーモンドを焦がしてミルクで煮出すデザートがあるんですけど、それと同じような作り方をしてます」という杏仁豆腐は硬すぎず柔らかすぎず、生クリームを使ってほどよいコクもある本格的な一品。
夜は昼とは違う創作料理を数多く揃えている。もちろんチャーハンは絶品だが「最初に目指したところでもあって、グラタンや煮込み料理が得意です」と寺内さん。いつでも食べられるからと、夜はチャーハンを食べない10年来の常連客もいるとか。
「自分が習ってきた物を全面的に食べてもらいたいと思ってやってきました。食べたものすべてがおいしいって、それ普通のことだと思うんです。普通のことを普通にやっていきたいですね」。
10数年来の常連客が足繁く通う店で、うれしいこともたくさんあるという。「小学生の頃から来ていた子が結婚したとか、うちで知り合って結婚したカップルも3組ぐらいいます。仲人をやったこともあってご両親からお礼を言われたり、そういうのすごくうれしいですね」。
「本当にお店が人と人との架け橋になって、『幸せのはし』と名付けて良かったです。大変なこともありますが、今一番思うことは現状維持。料理を楽しむこと、接客を楽しむこと、サービスを楽しむこと。それで長く続けたいですね」。
まだまだ引き出しの多い寺内店主の料理と料理にまつわるお話。チャーハンを堪能したら、次はおすすめ創作料理にワインでつながりたい。
構成=アート・サプライ 取材・文・撮影=大熊美智代