神楽坂らしい風情漂う一軒家レストラン
神楽坂という街は、何度訪れても発見がある。江戸時代にはすでに交通の要衝で、歴史を刻む寺社や、大正時代に隆盛を誇った花街の風情ある路地が残る。かつては魯山人や尾崎紅葉といった文人が住み、小説の舞台にもなっている。
古いばかりかというと、近くに大学やフランス文化を発信するアンスティチュ・フランセがあり、新しくて個性的なショップが老舗の隣に並んでいたりもする。いくつもの顔と魅力が、訪れる人を魅了する。
『神楽坂 和らく』は、牛込神楽坂駅から徒歩3分。大久保通りを牛込坂上に向かい、交差点の先にある交番の脇の道を入って二股の道は右に。すると、再び大久保通りに出る少し手前に見えてくる。
『神楽坂 和らく』は、落ち着いた1軒古民家。ここは神楽坂だし、一見さんがひとりで入って大丈夫なのかと迷うけれど、表のメニューに平日限定の1000円ランチがあるから行ってみよう。
のれんをくぐって進むと、玄関が開け放たれている。畳敷きの簡素な空間に、和傘と和時計がいい雰囲気。奥には、分厚い1枚板のテーブル席、さらに炉端席もある。和と洋のテイストを巧みに織り交ぜた佇まいは、まるで小説の一場面に紛れ込んだかのよう。
ふと、脇を見ると階段の下にも隠れ家のような個室がある。
洗練されていながらも、どこかほっとするような居心地のよさ。スタッフさんのフレンドリーな接客に、初めて訪れた緊張がほどけていく。
階段を上ると、2階にも畳敷きにテーブル席の広間や個室が並ぶ。細めの格子や使い込まれた簾、数寄屋風の床の間のある和の暮らしは、もはや実家にも残っていない。それが大切に受け継がれてゲストをもてなしているのが、神楽坂という街の懐の深さ。
平日限定とはいえ、1000円でランチとこの空間を味わえるなんて。ワクワクしながら平日限定の和らく名物、復刻・生麩入りグリーンカレーを注文した。
それにしても、この和空間で提供されるグリーンカレー、しかも生麩入り。ちょっと想像がつかないから、ますます期待が高まる。
マイルドで新感覚な、和のグリーンカレー
和空間を楽しみながらくつろいでいたら、想像を超えるキュートなグリーンカレーが目の前に。ご飯に味噌汁、主菜のグリーンカレーに副菜は彩り豊かなサラダ。グリーンカレーが和のお膳になっている。
背中にちょこんと箸を乗せているうさぎの箸置きにも一目惚れ。箸置きも、大切にしたい和の暮らしだなと、ふと思う。
グリーンカレーに生麩、斬新で不思議な取り合わせだけど、こうしてみると大きな賽(さい)の目のタケノコやマッシュルームと並んで、何の違和感もない。
もともとグリーンカレーは、地味めなビジュアルの料理。でも、艶消しの黒の器に盛り付け、トーンの近い生麩を添えると、和の風情としっとりとした華やぎが生まれる。
生麩を箸でつまんでみると、揚げてあるためかしっかりとした感触。口に入れると、ぷにっとした弾力、周りの香ばしさがグリーンカレーをしっかりと受け止めている。同じぐらいの大きさのタケノコや、キクラゲの歯ごたえも楽しい。
また、豚のスライス肉だけではなく鶏肉も入っていて、グリーンカレーならではの香りと爽快さがあるけれど辛さはマイルド。しびれるような辛さではない。
サラダは、色とりどりの生野菜にさわやかな風味のドレッシングが添えられている。賽の目に切り揃えられたみそ汁の豆腐とお揚げもかわいい。そして、味噌の個性なのか、さわやかな何かが香り立ち、グリーンカレーともよく合う味わいに。
お得な平日限定ランチ、いつかは懐石料理も
『神楽坂 和らく』は、かつて筑土八幡町で長く愛された「神楽坂 和楽」が2021年7月に現在の白銀町に移転、新しい店名となった。
料理長の岡本知行さんは、フレンチの店での修業を生かして和食も手掛けてみたいとの思いから旧「神楽坂 和楽」へ。復刻・生麩入りグリーンカレーは、その当時の料理長から受け継いだ。日本料理とは別の仕込みに時間や手間がかかるため、しばらくメニューから姿を消したが、ぜひ復活させてほしいという常連のリクエストで再び蘇った。この生麩入りグリーンカレーだけを食べに、せっせと通う常連もいるのだとか。
「前の料理長は京都で修業していたので、グリーンカレーに生麩という組み合わせが生まれたのでしょう。鶏と豚を両方入れると、それぞれの旨味とコクの相乗効果で味わいが深くなります。キクラゲは、コリコリとした食感を出すために、あえて乾燥タイプを選んでいます」と、おいしさの秘訣を教えてくれた。
2022年4月からは、平日限定ランチにスパイシーチキンカレーが加わった。この新メニューは、岡本料理長が考案したもの。
「以前お世話になったオーナーのスパイシーなカレーが忘れられなくて、その味をベースにスパイスの配合を工夫してルーから作っているんですよ」と岡本料理長。チキンカレーはクセになる辛さが魅力で、じわじわと人気が高まっているという。
新鮮な旬の素材を使い和食をベースに洋の技も取り入れた料理が、昭和レトロな空間で味わえる『神楽坂 和らく』は、お一人様の気軽なランチのほか、記念日や大切な人との食事、接待にも利用されている。
まずは平日ランチを全制覇、そしていつかは懐石コースやお祝い膳、夜のメニューも味わってみたい。
構成=アート・サプライ 取材・文・撮影=松本美和