“立石の関所”で一杯
京成押上線の連続立体交差事業による、慌ただしい工事作業の様子を横目に、店を目指す。看板には“立石の関所”の文字が。“関所”というからには、立石へ飲み歩きに訪れたら、この店を通過しないと先には進めないという何かがあるのかもしれない。そんな考えが頭をもたげ、高鳴る気持ちを押さえながら、扉の向こうへと足を踏み入れると……。
店内は、昔懐かしい雰囲気漂う造り。横に長い広さを活かして、L字型とコの字型のカウンターが連なるように構成されている。厨房の様子を眼前に、そのあちこちに貼られた手書きの品書きから、しばらく目移りが止まらない。厨房に立つ職人さんや店員さんは、皆てきぱきと開店準備を進めている。
その忙しい合間を縫って、焼き場の職人さんに人気の高いもつ焼きの種類を伺ったところ、カシラがよく出ると教えてくれた。そんな職人さんの手さばきは、店の看板商品を背負って立つにふさわしい熟練した技が光っていた。
焼きものは、タン・ハツ・レバーなどおよそ10種類の部位から選べ、味付けも塩・タレ・辛タレから選べる。それぞれ好みの組み合わせを楽しめるが、1皿4本というルールが存在するので、オーダーの際にはご注意を。ただし、同じ味付けであれば2種ずつの注文も可能だという。
早速、焼き立てのシロとレバ、タンとハツをいただいた。絶妙な加減で焼き上げられたもつは、どれも大きめのカットで食べ応えがあり、特製ハイボール(通称「ボール」)が進む進む。この店のハイボールは、ウイスキーではなく焼酎ベースで、秘伝のエキスとのど越し抜群の炭酸をプラスすることで、ここでしか飲めない一杯に仕上がっている。氷が入っていない分、いつまでもアルコールが一定なところも、酒好きにはたまらないポイントではないだろうか。
開店の時間となった。
同時に、店の前で列を作っていたお客さんが、わっとカウンターめがけて押し寄せる。この日は平日だったが、オープン間もなくして40席以上あった座席は、あっという間に満席となった。お客さんの顔ぶれを眺めていると、地元のおじさんから、若い女性の2人組など、老若男女バラエティ豊か。1人で訪れても、女将の上野さんや、お店のお姉さん方が会話の相手になり、賑やかな時間が流れていた。ここでなら、周囲のお客さんと気軽に会話を交わすことも、自然にできそうだ。
この店自慢の一品、大きな鍋にたっぷりと煮込まれるもつ煮込みは、毎日出来立てを提供。丁寧に下処理されているからこそ出せるシロを中心としたもつの旨味と、白味噌ベースの汁がたまらなく美味しかった。もつは、ひと噛みしただけでトロっと溶けてしまいそうなほどの柔らかさ。一度食べたら忘れられない感動を与えてくれる。
1日4時間半しか店を開けない、短時間営業を貫く『江戸っ子』。一度口にしたら忘れられない料理と酒の味、そして上野さんをはじめとするお店の方との温かなふれあいを求めて、この限られた時間に多くのお客さんがここに集まるのだ。まさに“立石の関所”の名にふさわしい存在である。そんなこの店も再開発の影響下にあり、ゆくゆくは立ち退きが決まっているのだという。この場所でしか味わえない空気感も、店の醍醐味でもあると思うと、とても惜しい気持ちになる。それまでに必ずまたこの店を訪れようと、心に誓った。
『江戸っ子』店舗詳細
取材・文・撮影=柿崎真英