きっかけは東日本大震災。福島の製麺所との出会いから中華そばに魅了され……
「おいしさに終わりがないんですよ。突き詰めた気になるのは早すぎると思いました」と魅せられた中華そばについて話すのは『中華そば むら田』の店主の村田拓宣(むらたひろのぶ)さんだ。
山手通りの目黒警察署そばにある『中華そば むら田』。以前、村田さんは同じ場所で別の店名で豚骨ラーメンの店を手がけていた。
店を大きく変えたきっかけは2011年の東日本大震災だったという。「当時、店のことで手一杯で、なにも支援ができなかったんですよ。負い目に感じていたところ、出会ったのが福島の『羽田製麺』です」
飛び込み営業で渡された『羽田製麺』のサンプル麺を手にして、村田さんは「麺を使い続ければ継続的な支援になるのではないか」と考えた。豚骨ラーメンの店を続けながら、時折中華そばを出す『中華そば むら田』として試験的に営業。作れば作るほどその奥深さにハマって、中華そばの店として改めてオープンしたのが2013年だ。
鶏は2種類、醤油は4種類。3度同じレシピでは作らない
『中華そば むら田』のカウンターには、理念やこだわり、使われる材料などをまとめて買いた資料が置かれている。化学調味料不使用、麺とワンタンは福島県『羽田製麺』の特注、手作りにこだわる、日々精進と理念にある。『羽田製麺』の麺とワンタン以外にも材料は国産親鳥の丸鶏、鳥取の大山どりのガラなど2種類の鶏を合わせることで、高価なブランド鶏に匹敵する味に。他にも醤油、羅臼昆布、帆立貝柱など全国から材料を厳選している。
「素材との出会いは、本で読んだり、実際に行ってみたり、取り寄せたり。その中で、これとこれをどれぐらいの割合で合わせたらいいかと、色々とやってみています。同じレシピで3回以上作ることはないんですよ」
温度計を確認しながら作る澄んだスープは、その日によって火を入れる時間が変わり、4時間15分から30分ほど。この時間がほんの5分でも変わると、仕上がりに大きく差が出てしまう。
昆布、煮干し、干し椎茸の出汁とも合わせるが、干し椎茸は150人分のスープに対してスライスのかけらを1.5グラム入れるだけ。家庭で料理を作る感覚からは想像が難しいが、このほんの少しの加減が味の厚みを変えてしまうそうだ。
『羽田製麺』に特注している麺は北海道で栽培されているゆめちからを中心に国産小麦100パーセント。焙煎小麦胚芽を配合して、香ばしく、栄養価にも配慮している。
たくさん麺を打つ製麺所で、国産小麦100%麺は珍しい。そもそも国産小麦の生産量は輸入品に比べると限られていることもあって、同じように作っても同じような麺には仕上がらない。そこで村田さんは、麺の茹で時間を2秒刻みで調整し、その日のベストの麺になるよう気を配っている。
『中華そばむら田』には醤油と塩があるが、2つはかなり性格が異なる。醤油ダレは4つのメーカーから取り寄せた醤油、みりんと酒だけを混ぜたストレートな味わいで他の出汁や調理料に頼っていない。塩ダレは塩のほか帆立貝柱や鰹や鯖節など混ぜて村田さん曰く「総合的にふわっとおいしい」を演出している。
ストレートに醤油を感じるスープに細麺ストレート。分厚いチャーシューも魅力
醤油で特製中華そばをいただいた。スープは醤油をストレートに感じられる。細いストレート麺は、口当たりはソフトだが芯が強い。
分厚い豚バラのチャーシューが2枚、そして鶏チャーシューが1枚。豚バラチャーシューは硬くなるのを避けるため、片側の脂部分だけを炙って、香ばしさを出している。「旨味は重ねられるんですけど、香ばしさの要素は他にないから」と村田さん。そして「チャーシューを食べてからスープを飲んでみてください」と勧められて、一口。ひと口目にパキッとしていた醤油の味わいが、随分まろやかに感じられるから不思議だ。
こちらも羽田製麺から取り寄せているワンタンは、厚め。皮がおいしく味わえるように肉を少しだけ端っこにつけている。ワンタンの重なった部分の舌触りが悪くなるのを避けているとのこと。とろりとした表面と、噛むともっちりむっちりした食感が楽しめる。
中華そばの店に転身して、もうすぐ10年。少しずつでもおいしいものをと、気になった食材を取り寄せたり、組み合わせの割合を変えたりと、小さな実験は日々続く。「3歩進んで2歩下がるようなことをずっとやり続けている」と村田さんはいう。
土地柄、おしゃれな街の店というイメージの方があるせいなのか、「お客さんから、思ったよりこだわっているんですねと言われたこともある」と村田さんが苦笑い。中華そばという気軽で奥深い食べ物の探求はこれからも続くようだ。
取材・撮影・文=野崎さおり