小野先生
小野正弘 先生
国語学者。明治大学文学部教授。「三省堂現代新国語辞典 第六版」の編集主幹。専門は、日本語の歴史(語彙・文字・意味)。

「ぬくもる」「ぬくい」が先行

小野先生 : 「ぬくもり」の元は「ぬくもる」という動詞。鎌倉時代ごろにできたことばです。
現代では「ぬくまる」という言い方もされますが、これは明治以降の新しい表現。「ぬくもる」と「あたたまる」を足して二で割り、「ぬくまる」になったものと考えられます。

筆者 : 「ぬくい」という形容詞もありますね。

小野先生 : はい、これも鎌倉時代からのことばです。現在「ぬくい」は東北や四国九州の一部で、方言的に用いられています。京都や大阪、あるいは東京の人は、あまり使わないのではないでしょうか。
これは、かつて日本の中心であった近畿地方で用いられていたことばが、全国に広がっていったから。中心に近い地域では、「あたたかい」のような新しいことばに置き換わりましたが、九州や東北などには届いておらず、「ぬくい」が残りました。それだけ古い表現だということですね。

年末年始、お茶の間の風物詩といえばテレビのお笑い番組。関東のコント師から「ばか」、関西の漫才師からは「あほ」と、軽快なツッコミが飛び交います。地域でことばが変わる理由、日本語ならではの微妙なニュアンスを、国語学者の小野先生がふか〜く解説してくれました。お笑いで頻繁に使われる理由がよくわかります。

「ぬくぬく」を独り占めし続けると妬まれる?

小野先生 : 「ぬくもり」は江戸時代にうまれたことば。単なる温度感の「あたたかさ」とは違う、複雑なニュアンスを含んでいます。特に心情に入りこむあたたかさで、優しい、懐かしい、といったイメージを感じさせます。

筆者 : 「人のぬくもり」「春のぬくもり」といった表現がピッタリだと思います。

小野先生 : 「包みこむようなあたたかさ」というニュアンスが伝わってきます。「ぬくもり」は、わざわざいわなくても、優しく大いなる何かの存在を表現できることばです。

筆者 : 一方で「ぬくぬく」という言い方もあります。「ぬくぬく育った」と言うと、甘やかされているようで、あまりよいイメージではないように思うのですが……。

小野先生 : 必ずしも悪い意味ばかりではないのですが、よくない使われ方をすることも多いですね。
「ぬくぬく」は、周りは寒いのに、そこだけ温かいというニュアンスがあります。また、このように2回繰り返しのことばは、継続する性質を表現しています。一時的なあたたかさならいざしらず、ある人だけずーっとぬるま湯のように恵まれた環境にいられる、となれば周りの人は妬ましい気持ちになるでしょう。

筆者 : 「自分だけ得をしている」、他人から見れば「ひとりだけずるい!」という気持ちまで含んでいるのですね。
「ぬくもり」も「ぬくぬく」も味のあることばだと感じました。

取材・文=小越建典(ソルバ!)