落花生畑に囲まれたスリランカ料理レストラン

畑の中に点々と、茶色い小山が並ぶ。なんだかふしぎな眺めだが、これは収穫して脱穀する前の落花生を野積みにしているもの。「ぼっち」というらしい。こうして乾燥させると実に油が乗って甘みが増すそうで、この地域の晩秋の風物詩だ。さすがはピーナツ生産量日本一の八街(やちまた)市……なんて思いつつ歩いていると、唐突な感じでスリランカ料理レストランが現れる。周囲は落花生畑なんである。なぜこんなところに? と疑問が湧いてくるが、入ってみるととびきりの笑顔で出迎えられた。
「いらっしゃいませー」
慌ただしく働いているのは、ここ『カレーリーブス』のおかみ、ジャーナキ・サジワニさん(52)。地元客らしき日本人からは「サジさん」と呼ばれているようで、なんだか楽しげに会話をしているが、そのお客たちはあまりメニューを見ていない。
「今日はチキンがおいしいよ! サカナもある」
なんてサジさんのおすすめが3種、どかんと盛られた日替わりメニューをオーダーするのが定番らしい。

手間隙かけたおふくろの味を食べさせてくれるジャーナキ・サジワニさん。
手間隙かけたおふくろの味を食べさせてくれるジャーナキ・サジワニさん。
『カレーリーブス』 日替わりメニュー(カレー3種、サラダとライス) 1300円、ナスのピクルス 500円、ストリング・ホッパ ーのセット 1800円。日本語メニューあり。
『カレーリーブス』 日替わりメニュー(カレー3種、サラダとライス) 1300円、ナスのピクルス 500円、ストリング・ホッパ ーのセット 1800円。日本語メニューあり。
取材時の12月初旬、八街の畑には「ぼっち」がいっぱいだった。
取材時の12月初旬、八街の畑には「ぼっち」がいっぱいだった。

「作りおきはカンタンだけどおいしくない。いつも朝ぜんぶ作るようにしてる」
キッチンと客席を行き来しながら、サジさんは話す。故郷の母から教わったことだという。そんな母直伝の、スリランカの家庭の味がやってきた。

スパイスとタマリンドで煮込まれたやわらかなチキンは、辛さ控えめで食べやすい。ご飯が進む。日本人の味覚に合う味つけだ。それにスリランカは島国らしく魚もよく食べるが、今日はブリのカレーだ。これもよく煮込んであって、ほんのりスパイスが香る。
「スパイスはカルダモンやクローブ、クミンが多いかな。お母さんから送ってもらったものを洗って干して、それからグラインダーで挽(ひ)いてパウダーにするの。そのほうがずっと香りがいいからね」

左上から縦に、バスマティライス、チキンカレー、フィッシュカレー、ダルとほうれん草の煮込み、なすのピクルス、チリペースト。
左上から縦に、バスマティライス、チキンカレー、フィッシュカレー、ダルとほうれん草の煮込み、なすのピクルス、チリペースト。

それにダル(豆)とほうれん草の煮物も優しい味わいだが、干した海老とチリ、ニンニクから作ったペーストを料理に混ぜると、なかなか刺激的になる。本場の辛さだ。
「これもおいしいよ。日本人みんな大好き」
バトゥ・モージュという、ナスのピクルスのようなものだ。甘酸っぱくて、確かに後を引く。次々出てくる料理を少しずつご飯にかけ、混ぜあわせながら食べていくと、バスマティライスがどんどん減っていく。

きれいに整理整頓されたスパイス棚。
きれいに整理整頓されたスパイス棚。
スリランカ料理を彩る多様なスパイスたち。
スリランカ料理を彩る多様なスパイスたち。

中古車や重機の輸出ビジネスがルーツ

それにしても気になるのはやっぱり「どうして八街なのか」ということ。周辺も含め、千葉県北西部の広い範囲にスリランカコミュニティーが点在しているのだ。とくに集住しているのが八街で、『カレーリーブス』のほかにもレストランが5軒、食材店がひとつ。
「クルマの人が多いんじゃないかな」
とサジさんは言う。日本の中古車や重機を、スリランカなど途上国に輸出するのだ。栃木や埼玉あたりではおもにパキスタン人が手がけているビジネスだが、千葉ではスリランカ人が多い。八街からほど近い山武や富里、成田などに、中古車や中古建設機械のオークション会場がいくつもあるが、そこにスリランカ人も出入りするようになり、やがて周辺地域に根づき、コミュニティーの基礎になっていったのではないか……といわれている。いまでは留学生や技能実習生も混じる。

しかしコロナ禍が、母国スリランカの財政の柱だった観光業を直撃。外貨の流入が滞ってしまう。対策としてスリランカ政府は国内の外貨を保護しようと、さまざまな製品の輸入を停止したのだが、これに自動車も含まれていた。そのため千葉のスリランカ人も苦労しており、レストランに商売替えする人もいるそうだ。

いまでは香取市にスリランカ仏教の立派なお寺も建っている。
「料理を作って、持っていくこともあるよ」
サジさんも敬虔(けいけん)な仏教徒、法事や仏教の祭日などのときにケータリングを頼まれ、はるばる八街から配送することもあるという。

ナゾのインテリアが店内を見守る。
ナゾのインテリアが店内を見守る。
米粉からつくったストリング・ホッパーにはポテトカレーがよく合う。
米粉からつくったストリング・ホッパーにはポテトカレーがよく合う。

地元の商工会にだって入っている

コロンボ出身のサジさんが日本に来たのは1994年。日本人と結婚した妹を頼っての来日だった。その頃すでにスリランカ人の集住が進みつつあった八街に越してきて、おもに老人介護の仕事をして生活してきた。
「お年寄りの仕事、好きだよ」
スリランカでは老人の面倒は家族みんなで看るもの。だから老人ホームというものが少ない。サジさんもまた、介護することに慣れていたのだ。

しかし身体を壊してしまい、力仕事でもある介護は難しくなった。そこで、今度はレストランに挑戦してみようと思い立つ。提供するのは、母から習った故郷の味だ。

2020年にオープンして以来、店は八街やその周辺で暮らすスリランカ人の集まる場所となった。それにサジさんの人柄だろう、近所の日本人もよく顔を出す。そんな人たちと世間話をしていると、またひとり日本人が店にやってきた。
「サジさん、これ。今月の案内ね」
JR八街駅の南口には、すゞらん通りという昭和のたたずまいを残した小さな商店街があって、毎月最終日曜日に「軒先まるしぇ」というイベントが開かれているのだが、そこにサジさんも毎月出店しているのだ。日本人に混じって、スリランカの軽食を売る。

八街駅のレトロ商店街では、サジさんも出店する地域のイベントが毎月末開催。
八街駅のレトロ商店街では、サジさんも出店する地域のイベントが毎月末開催。

「私、商工会にも参加しているから」
と笑って、案内のチラシを受け取る。もうこの街にすっかりなじんでいるようだ。特産のピーナツは母に送ることもあるという。
「もうずーっと八街。生活しやすいし、いいところだよ」

『カレーリーブス』店舗詳細

住所:千葉県八街市八街ほ214-7/営業時間:11:00~14:00・18:00~21:00/定休日:月/アクセス:JR総武本線八街駅から徒歩15分

取材・文=室橋裕和 撮影=泉田真人
『散歩の達人』2022年2月号より