タイムスリップしたような一角にあるカフェの扉を開けたらそこは……。
ターコイズブルーとコーラルピンクのビビットな壁紙、使い込まれた風合いの木のカウンター、ポップなアメリカン・トイ、天井の星屑のような照明と心地よいボリュームで流れる音楽。濃厚なコーヒーとスイーツの甘い香りに包まれる。
扉の向う側に一歩足を踏み入れた途端、ついさっきまで歩いてきた路地裏とは、確実に違う空気が流れる空間にテレポート(瞬間移動)した。
ここは、いつかアメリカ映画で見た小さな町のカフェだ。人懐っこい笑顔で迎え入れてくれた店主に誘われてカウンター席に座ると……、ちょっと違う、いや、かなり違うけど、昔観た映画「バグダッド・カフェ」を思い浮かべてしまった。頭の中で映画の主題歌「コーリング・ユー」がぐるぐる。違った意味でもタイムスリップ。かくして、そんな不思議な空気が流れているお店だ。
駅チカにこだわって時間をかけて探した理想的な場所
船橋市出身のリツコさんが『SUNNY DROP』をオープンしたのは、2021年3月。アメリカに語学留学していたとき、コーヒーが好きでいろんな場所でコーヒーを飲み歩いた。その後、スターバックスに11年間勤務。「若いときからいつかは自分でお店がやってみたくて。コーヒーだけじゃなくお酒も好きなのでカフェバーみたいなのができたらいいなとずっと思ってたんです」とリツコさん。
自身の店を持つまでには、十分すぎるほどの時間をかけて準備した。貸店舗も納得のいく場所を見つけるのに4年もの歳月を費やして探した。
「駅の近くで、コーヒーやお酒を飲みに帰りにサッと寄ってもらえる感じがいいのかなって。あと、家の近くがいいなっていうのもあったから」。
小学生の男の子のママでもあるリツコさんはスタバ時代、まだ小さかった息子さんを育てながら長時間の電車通勤の大変さを経験。早いときは朝5時半に家を出る生活だった。「もう電車はいいかな(笑)」。
船橋で生まれ育ち、今も暮らす地元に夢だった自分のお店を構えた理由はなにより、息子さんのそばにいられることも大きかったに違いない。
アフォガートの意味にキュンとして、店主の淹れるラテの味の虜に
この日は、甘いバニラアイスにほろ苦いエスプレッソがかけられた冷たいエイミー(アフォガート)にミルクたっぷりの温かいラテを注文。それにしてもアフォガートがなぜ、エイミー?
「アフォガートってもともと“溺れる”って意味で、牛乳とかエスプレッソでアイスクリームを溺れさすっていう感じのもの。アフォガートにエイミーって名前を付けたのは、歌手のエイミー・ワインハウスっていう人が好きで、その人っぽいなって思って勝手に付けたんです(笑)」とリツコさん。
「エイミーは若くしてクスリとか男に溺れて死んじゃったんですけど、すごい歌手です。なんかイメージがエイミーっぽいって思った。ガツンとくる感じとか」と、その名付けの理由を教えてくれた。冷たいアイスに熱いエスプレッソをかけた苦くて甘いアフォガート。切ない大人の味。深いなぁ。
激しくて切ないエイミーの人生に思いを馳せながら味わったほろ苦いアフォガートをいただき、見た目にも味にも癒されるラテをゆっくり味わう。濃厚なコーヒーがふわふわなミルクに包まれて、こんなにもやさしくなる。どちらも虜になる味だ。
果たして、虜になったアフォガートにかけられたエスプレッソも味わってみたい衝動にあらがえず、エスプレッソも注文してしまった。小さなカップに抽出された濃厚なその味は、今まで飲んだどのエスプレッソよりもトロリとして、あとにくるほのかな甘さに驚愕した。
「コーヒーの好きな人に美味しさをわかってもらって、あそこのコーヒー飲みたい!って、毎日思ってもらえるようなお店にしたい。人と話すのが好きなので、ここで人と繋がれるような場所にしたいですね」というリツコさん。『SUNNY DROP』は、コーヒーへのかなり熱い想いとやさしいまなざしを持った店主が待っているカフェだ。
取材・文・撮影=京澤洋子(アート・サプライ)