カフェは人と人のクロスポイント。テロ後のパリで人々の光となった場所
老舗がリニューアルすると、家族が店を継いだのだろうかと想像してしまうが「ぽえむ」の場合は親族以外による事業継承。血縁どころか、それまでゆかりもなかった現店主・五十嵐智香子さんがお店を引き継いだ。
五十嵐さんはミシュランの星に輝くレストランでサービスを担当し、ソムリエとしても活躍してきた。一流のサービスパーソンとして高みを目指してパリに渡った後、2019年に帰国して独立。
高級レストランのソムリエが、なぜ客層やメニューの価格も全く違う街のカフェをやりたいと考えたのか。
その背景は、2015年に発生したパリの同時多発テロの経験がある。130人もの方が亡くなったテロの後、街は本来の華やぎを失い、人々は不安に包まれた。ほとんどのレストランや飲食店が休業を余儀なくされる中、カフェだけは開いていた。その存在に五十嵐さんは救われたという。
「カフェは必要不可欠な存在だと思いました。地元の人も別の場所から来た人も一緒に楽しめるクロスポイントとしても理想的です」
帰国した五十嵐さんが新たなカフェを開くのではなく、高円寺で店を引き継ぐことになった理由は大きく3つある。まず、人情味を感じる中央線沿線に魅力を感じていたこと。長く信頼していた焙煎師さんのつながりで「ぽえむ」の親会社と縁ができたこと。そして「ぽえむ」が半世紀紡いできた文化を残したいと五十嵐さん自身が感じたこと。こうして、2020年4月に建物と店名を引き継いだ『Poem MANO A MANO COFFEE』として新たなスタートを切った。
『Poem MANO A MANO COFFEE』のMANO A MANOはスペイン語。「手から手へ、人から人へ」という意味だ。当然コーヒーは一杯ずつハンドドリップするし、スイーツ類もパティシエによる手作り。効率化重視の世の中だが、スタッフからお客様に大切に手渡しすることで、店内の全てにストーリーを生み出したいという理念を込めた。
店主のイチオシは、四万十川のテリーヌ。映えるプリンも大人気
コーヒーはシングルオリジンの定番が3種類と本日の深煎り1種類。そしてブレンドが2種類を用意。その日によって豆の挽き方も1杯あたりの量も微妙に調整している。
現在、『Poem MANO A MANO COFFEE』で人気のスイーツはプリン。リニューアル当初は予定していなかったプリンはスタッフが提案した。限界まで固いプリンにホイップクリームと喫茶店らしい枝付きチェリーを添えたところ、写真映えも手伝って大人気に。
ソムリエとして、食べ物と飲み物のマリアージュを大切に提案し続けてきた五十嵐さん。彼女が「うちのスペシャリテはこれなんです」とすすめるのが四万十栗のテリーヌだ。高知で取れた四万十栗のペーストを生地に混ぜ込み、中央にホールの栗を配置。焼き上がりに洋酒を丹念に染み込ませ、周囲にはアイシングをまとわせた。味、香り、風味、佇まいまで上等だ。
四万十栗のテリーヌに合わせて欲しいとおすすめしているのはコーヒーがマノアマノ オリジナル ダヴィンチ 深煎 600円。風味豊かな四万十栗のテリーヌに負けない苦味とコクがある深煎りのコーヒーだ。
五十嵐さん自身が店で出すコーヒーでいちばん好きなのは、モカマタリで750円。メニューにはその特徴を「野性味ある野イチゴや麦わら、カカオの複雑なアロマ」などとソムリエらしい表現を添えていて、その言葉の意味を探し当てるようにゆっくり味わう楽しさもある。
人が集まるクロスポイント。コーヒーとスイーツだけではないマリアージュ
五十嵐さんが店を持つことで作りたかったのは「手をかけて作ったものを提供することで、いろんな人が集まる場所」。
「コーヒー屋さんである必要はなかったのかもしれない」と振り返るが、以前と変わらずコーヒーを飲みにくる人もいれば、30年前以上前に近所の予備校に通っていた人が「まだお店があってよかった」と大喜びしながら来店することもある。
「そういう方がいらっしゃると、事業継承してよかったと思います」と五十嵐さん。旧「ぽえむ」から引き継がれた『Poem MANO A MANO COFFEE』も、新旧の人と人を繋ぐ場所になっているようだ。
取材・撮影・文=野崎さおり