上司との不幸な出会い
同期と測ったばかりの身長や体重を教え合い、さあ、何を食べに行こうかと盛り上がっていた時、少し遅れて健診を終えた上司2人に会ってしまった。2人のうち片方とは以前同じ現場になったことがあった。ただただ私の仕事のできなさにイライラしていた上司だ。もう一人は同じ現場になったことはなかったが、クールで取っ付きにくそうな印象の上司。私はそう思わなかったが、私含めパッとしない見た目の人が多い我が社の中ではイケメンキャラで通っていた。
とりあえず、2人とも腹を割って話せるような仲ではない。しかし「俺らも終わったから昼メシいこうぜ」と言う上司の誘いを断る理由は思い浮かばなかった。仕事中の数少ない楽しみである昼メシの時間、しかも知らない街で仲のいい同期とランチができる貴重な機会。そこに気遣いを強いられる上司が加わるのは煩わしかった。
赤坂方面に歩くと、美味そうな中華料理やラーメン屋がたくさんある。「あそこいいんじゃないすか?」「定食もいいっすね!」と数度意見を出すも、なぜか上司たちは気乗りしない様子。その時クールな方の上司が「もうマックでいいんじゃね?」などとのたまった。
マック? いや、マックでいいわけないだろ。こんな滅多に来ない街にきて、マックとそう値段の変わらない美味そうな店がたくさんあるのに、わざわざマックを選択する精神が私にはわからない。しかもマックはファストフードの王様なんだから、帰社時間が早まってしまうではないか。
仕事ができない分、極力波風を立てないことを心がけている私でもさすがに今回の上司の意見は承服しがたかった。「せっかくだから別の店の方がよくないですか?」と軽く反論するも、上司の意志は意外と固い。そのうちもう一人の上司もマックに賛成し、発言力を持たぬ部下たちは泣く泣く後ろをついて行く羽目になったのである。
せめてもの慰めとして、当時新商品だったクォーターパウンダーを頼んだ。しかし今まで食べてきたマック商品との違いは大して感じられず、それ以前に半ば強制的にマックに連れて来られた怒りで味が頭に入って来なかった。
上司たちと最近の仕事内容や他の現場の話、IT資格の話などをしたが、まるで興味が湧いてこない。この人たちはいつも昼メシの時にこんな話をしているのか。同期と2人だけなら、もっと仕事と関係のない下衆い話ができるのに。
メシに興味がない人たち
しつこいようだが、どんな生き方をして来たら赤坂の繁華街を前に「マックでいいんじゃね?」などと言えるのか。メシに興味がないことがかっこいいとでも思っているのか。いや、実際彼らはその選択がストイックでかっこいいと思っているように見えた。食べ終わってタバコを吹かしている間も、彼らの見当違いの男らしさ観や貧しい好奇心、さらにはクールな方の上司のサラサラとした前髪が風になびいていることにすらイラついてしようがなかった。結局、上司のせいで必要以上にスムーズに食事が終わり、帰りに寄り道もできず、私は思い描いていた時間よりもかなり早く品川の現場に帰ることになってしまったのだった。
マックが悪いわけではない。今でもたまに一人でマックに行くことはある。しかしあの日以来、メシに全く好奇心を持たぬ人とは分かり合えないと思うようになった。
文=吉田靖直 撮影=鈴木愛子
『散歩の達人』2021年8月号より