ゆっくり選んで欲しいから、敢えて少し外れた場所にオープン
『SPOT』は中野方面に向かう線路脇の、うら寂しいともいえる道に面している。駅からは4分ほどと近いが、高円寺の古着店としては少し意外な場所にある。
営むのは元エステティシャンの山口美穂さん。長く趣味として古着を愛用し、ときめくアイテムをコレクションしてきた。古着を買い集めるための海外旅行にも何度も出かけ、かつての同僚たちから「変わった服を着ているね」と言われることもあったそう。
体を壊したことをきっかけにエステティシャンの仕事をやめることになって、次もお客さんと対面で関わる仕事を選ぼう考えた。友人たちに自分の好きなものをお勧めしまくる癖があったことも手伝って、好きな古着を誰かに勧めることを仕事にすることにした。
店の場所として、高円寺を選んだのは「街の雰囲気が好きで、よくウロウロしていたから」。つまり山口さん自身が古着を買いに高円寺をよく訪れていたのだ。それにしても、店の前は人通りがそれほど多くない。なぜこの場所を選んだのかと聞けば「ゆっくり話しながら、服を見て、触って選んでもらいたいから」とのこと。
『SPOT』の洋服は、流行のデザインよりも長く着られることを重視。ディテールや質感はもちろん、体型をきれいに見せてくれるものを勧めたいと、女性の体に寄り添ってきた山口さんは考えている。海外製のものが多く、一般的な既製服とはサイズ感が違うので、山口さん自ら一度袖を通して、シルエットを確かめて店に並べている。
「自分でも着たいと思うものを置いているので、アイテムに偏りがあるかもしれません。素材だったらベロア、デザインは首が詰まったものが好きなので、自然とそういうものが多くなります」と話すが、スウェットのようなカジュアルなものから、ドレッシーなブラウスやワンピースまで、ブランドもアメリカやオーストラリア、ヨーロッパのほか、ラップランドの民族衣装など幅広く珍しいアイテムが並ぶ。
ヴィンテージだから生まれる意外性やワクワクする気持ちを提供したい
着心地が良く上質なものを揃えることを心がけている山口さん。店に切らさないようにしているアイテムの代表が、グッチのビットローファーだ。踵や裏を張り替え、皮にクリームを塗り込んで保湿するなどメンテナンスを施し、状態を整えたものを常に何足か店に出している。「すごく履きやすいので試してみてもらいたいです。お客様の中には、ヴィンテージを手に入れて、気に入ったからと新品を買われた方もいらっしゃいます」と、おすすめのアイテムが手に入れた人の世界を広げたことにも喜びを感じている。
パーソナルでお客さんとの距離が近い接客業を長年経験してきたこともあって、対応は細やかだ。購入履歴のメモを作っては、常連客の服装を把握したりもしている。相談しながら試着するお客さんの中には、1時間ほど店にいる人も珍しくないという。「スウェットはたくさん持っていますよね、とか、前回買われたパンツと合いそうですねとか、そんな風にお話しすることが多いです。ワードローブがマンネリしている方にこそ、ご自分では選びそうにないアイテムを提案することも心がけています」。いつの間にかクローゼットの中は同じようなアイテムばかり。そんな洋服選びにいつもと違う雰囲気を加えるサポートもしてくれる。
伝えたいのは、コレという古着と出会う価格以上の喜び
「古着はどれもこれも一期一会。これだ!という一着を見つける喜びは、高価な新品を買うときよりずっと大きいです」
そうして手に入れたアイテムは、長く着て欲しいというのもヴィンテージアイテムをこよなく愛する山口さんらしい。「商品を手にとるとき、この子(服)はどんなオーナーさんに引き継がれるのかなと考えています」と商品への愛情も深く、購入された品物のクリーニングやメンテナンスについてもよくアドバイスしている。「古着屋さんというよりも、特別な価値がある服との出会いを提供できるスポットにしたいんです」。店名にはそんな思いを込めている。
取材・撮影・文=野崎さおり