成宗電気軌道

34年親しまれたチンチン電車

京成成田駅前と宗吾霊堂の千葉交通バス乗り場には記念の石碑あり。

成田山新勝寺と宗吾霊堂を結ぶ目的で開業。明治43年(1910)に成田駅前~成田山門前間、翌年に成田駅前~宗吾間が開通。開業時は全線複線で、車両数は15両。軌間は1372㎜でチンチン電車と親しまれた。戦争の激化で遊覧的要素が強いことを理由に昭和19年(1944)に廃止。

同じ形のトンネルがもう1つ⁉

天慶3年(940)開山の真言宗智山派・成田山新勝寺。総門(写真)の左手が表参道だ。

成宗電車全線5.4㎞をたどるならまず成田山新勝寺で安全祈願。この地で300年以上続く薬屋では、「扉がなくてゆっくり走る電車だったから、子供がピョンと飛び乗ったりしてたと聞いてます。大らかな時代だったんですね」と9代目店主が教えてくれた。

成田山門前から成田駅までの軌道敷はそのまま「電車道」と呼ばれる市道になっているので、かわいい花型の看板を頼りに進む。

京成成田駅~成田山門前間の軌道跡に立つ「電車道」の看板。

と、目前に現れるのは美しい半円のレンガトンネル。しかもくぐるともう1つ! この「成宗電車 第1・2トンネル」は建設当時の原型をとどめる遺構で、ほぼ同一のトンネルが連続するのが面白い。視界が開けた1本道は見下ろすと高低差にびっくり。深い谷の真ん中に築かれた築堤なのだ。成宗電車の乗客もこの眺望を楽しんだろうか。

成田駅前から宗吾への軌道敷は市道や住宅地に整備されてしまい遺構もほぼないが、同じルートの道が続いている。高架のJR成田線と交差するポイントが残っていたり、宗吾街道では軌道として造られた切り通しが見られたりと、点々と痕跡に出合える。そんな場所は確かにいいカーブや軌道幅と合った道幅だったりして、見えない電車が目に浮かんでくるから不思議だ。一部、歩道が狭く車通りの激しい道を注意しつつ歩けば、やがて終点の宗吾に到着。停留場は宗吾霊堂のすぐそばだったのだから乗客はさぞ楽だったろう。

さあ、宗吾様に無事踏破のお礼をしようか。

1 成田山に一番近い駅だった

成田山門前停留場があったと思われる道で、現在は「電車道」の名称が付く。広々とした道幅や曲がり具合に、軌道の気配を感じなくもない。開業初日の停車場は万国旗で飾られ、花電車も運転されたという。

2 趣あるレンガ積みにご注目

成田山新勝寺側にある「成宗電車 第1トンネル」。明治43年(1910)の完成でイギリス積みのレンガ造りというのは隣の第2トンネルと同じだが、こちらは全長12.2m、幅7.3m、アーチ環半径3.5mと、短いタイプ。

3 土木遺産になったレンガトンネル

開業のために掘削された明治43年(1910)完成の「成宗電車 第2トンネル」。イギリス積みのレンガ造りで、全長40.8m、幅7.3m、アーチ環半径3.6m。並んだ第1トンネルと共に2014年に土木遺産に認定された。

4 谷地形につくられた大築堤

元々、谷だった場所に電車を通すために土盛りした築堤は、今もそのまま市道として転用。200mほどの直線で、高さはざっとビル4階分くらい。見晴らしがよく、高架をカーブして走る京成線のビューポイントでもある。

5 今はJR 成田線が交差します

論田と新田という旧停留場の間には成田鉄道(現JR成田線)が高架を走り、その下を成宗電車が通った交差ポイントが今も残る。この軌道敷は市道となり、写真からは見えないが右側には京成線も並走する。

6 木々に囲まれた切り通し

現在の宗吾街道の脇に、木々に覆われた小道あり。これは電車を通すために造られた切り通し。軌道は宗吾方面へ向かう道の北側を並走し、大袋停留場付近で南側へ交差しこの切り通しを通ったそう。ただこの先は私有地になっている。

江戸時代初期の義民・佐倉惣五郎が眠る、宗吾霊堂こと東勝寺。宗吾停留場はこの参道の裏にあったそう。

ここでひと息。『EASY LIFE CAFÉ』

成田の野菜をたっぷりと堪能!

高野豆腐のカツレツバーガー900円、無農薬人参のピュアジュース400円。

代々続く農家の生まれで元農協職員の店主が、成田の野菜のおいしさを知ってほしいと始めたカフェ。料理には地元農家から直接届く新鮮野菜がふんだんに、パンやスイーツは国産小麦粉を使った自家製だ。店内では野菜や食料品も販売し、オープンテラスも気持ちがいい。スペシャルティコーヒーも味わえる。

●7:00~18:30、月休。☎0476-28-1420

ラテアートが楽しみなカフェラテ450円。

取材・文=下里康子 撮影=米屋こうじ
『散歩の達人』2021年9月号より