兜町界隈に新しい空気を送り込む老舗跡地にできたカフェ
『SR COFFEE ROASTER & BAR(以下SR)』は2020年8月、東京証券取引所から徒歩3分ほどの今の場所に表参道から移転してきた。表参道では「ストックホルムロースト」と名乗っていて、焙煎機も置いていなかった。兜町に来て焙煎機を導入。店名も『SR』と改めた。
『SR』はナチュラルワインの販売と角打ちをする『Human Nature(ヒューマンネイチャー)』
移転オープンから1年が経ったが、界隈では近所にあるパティスリー『ease(イーズ)』やビストロの『Neki(ネキ)』とともに日本橋兜町で週末には若い人がやってくる店のひとつとして認識されている。
入ってすぐの場所に大きな焙煎機が据えられた店内は、かつて鰻屋だったとは想像も出来ないほどおしゃれな雰囲気だ。金融関係者が多い兜町の人たちは、気後れしてしまうのでは?と思いきや、代表の加藤渉さんは「うちはコミュニケーションも売りなんですよ。だからわざわざ”店へ行く”というより、”日常の延長線上の存在”として見てほしいと思っています」と言う。
『SR』では、10杯分のコーヒーがお得なコーヒーカードを設けている。スマホのアプリではなく、紙のカードというのがとっつきやすいのか好評だ。
持ち主の名前を書かれたコーヒーカードは店側が保管している。つまりスタッフはコーヒーカードを買った常連客の顔と名前を、
スーツを着込んだビジネスパーソンにとって、ファッションや文化が異なる若いスタッフが顔と名前を覚えてくれていることはなんとなくうれしい。ましてコロナ禍の誰かと会いづらい状況。仕事から少し離れた場所に挨拶程度でも言葉を交わす顔見知りの存在は、小さな余裕をもたらしてくれるのだろう。
スウェーデンのスタイルで、飲み飽きないキレのあるコーヒー
『SR』は2017年に表参道でオープンした時から、スウェーデンにいる2人組のマイクロロースター『ストックホルムロースト』が焙煎したコーヒーを出している。
スウェーデンといえば、甘いものと一緒にコーヒーを何杯も飲むフィーカが欠かせない文化として知られている。加藤さんもスウェーデンに行って、現地のコーヒーをいろいろ飲んでみた。そして感じたのは、スウェーデン人は「ドリップコーヒーをガバガバ飲む人たち」だということ。
「たくさん飲むので、あんまり濃すぎても体によくないのでしょう。薄すぎもせず、飲み飽きない味わいのコーヒーがスウェーデンでは一般的だという印象があります。その中でも、『ストックホルムロースト』の2人が焙煎するコーヒーは、最たるクリアさです。味はちゃんとするのに後味がスッと消えていく」。『SR』のコーヒーは確かに雑味が少なく、キレがある。
加藤さんにとっては焙煎機の導入は念願だった。これまで通り、キレのあるコーヒーを自家焙煎でも実現するため、2021年夏、焙煎ができるスタッフがスウェーデンに飛び、『ストックホルムロースト』の2人からクリアな焙煎方法を学んできた。
気候や湿度の違いからくる焼き上がりの差を微調整し、いよいよ自分たちで焙煎する『SR』のコーヒーも提供する準備が整った。「兜町で自家焙煎のコーヒーが飲めるのはうちの店ぐらいです。兜町のお客さんにとって、おいしいコーヒーが飲めるカフェの筆頭になりたい」と加藤さんは話す。
普段加藤さんは店に立っていないが、焙煎師のスタッフがスウェーデンに行って店に戻ってくるまでの3週間は店頭でコーヒーを淹れていた。コーヒーカードというシステムもあり、
「『どうですか? 忙しいですか?』とお客さんと話していると、それだけで十分に、この店はいい店だなと思えました。粛々と焙煎をして、コーヒーを淹れて、お客さんとは顔を見て会話もする。僕がやりたいお店はそんな感じです」
従業員が安心して働ける店でありたいと付け加えて、経営者としての顔も覗かせた加藤さん。『SR』で顔を合わせる人同士にコミュニケーションが生まれるのは、そんなバックアップ体制もあってのことかも知れない。
日本橋兜町はこれから少しずつおもしろい店が増えそうなエリアだが、働く環境やカルチャーが違う人たち同士が、気兼ねなく話せる『SR』のような店から、新しい空気が生まれていきそうだ。
取材・撮影・文=野崎さおり