「ミシュランガイド」選出を目指し、十八番のハンバーガーで勝負に挑む
池袋駅東口から徒歩8分、都会の喧騒から解き放たれたエリアに位置する『No.18』は、SNS映えを求める女性客から五輪選手、こだわりの強い食通まで、幅広いファンの支持を集めるハンバーガー専門店。2014年9月のオープン以来、オーナーの長谷川敬洋さんと、弟の雅浩さんが二人三脚で切り盛りする行列必至の人気店だ。
取材に対応してくれた兄の敬洋さんは、なんと美大出身。店舗の内装や設計の仕事から飲食業に転身後、ビストロで修業を積んだという異色の経歴の持ち主だった。
「『ミシュランガイド』のビブグルマン(コスパのいい優良店に与えられる称号)に、ラーメン店が選出されたことに刺激を受けて、自分も一極集中型で何かを究めれば、ミシュランに届くかもしれないと思ったんです」
当時、ハンバーガーにハマっていた長谷川さんは、アメリカの格付けシステム『ザガット・サーベイ』に東京のハンバーガー店が選ばれたことを知ると、「自分も本気を出せばいける! と勘違いした」という。これが原動力となり、一念発起。緻密な計画を立て、試作を繰り返すこと数百回。約7年の準備期間を経た2014年9月に『No.18』をオープンした。
店名の『No.18』は、「なんばーじゅうはち」と読む。
「日本人にしか作れないハンバーガーを目指したので、エイティーンではなくジュウハチにしましたが、アメリカの食べ物なので『No.』を頭につけました。18という数字を選んだのは、自分の十八番(おはこ)で勝負したいという気持ちから」
敬洋さんは店名の由来を丁寧に説明してくれたが、実のところは、「誰でも読みやすく、すぐに認識できる名前にしたかったから」という。「肉にこあわってるんで、“ニク18(2×9=18)”とか、“一か八か(いちかばちか)”と答えることもあるんですよ(笑)」とも。
一度聞いたら忘れない。しかも、「池袋」「18」の検索キーワードで上位表示される。初めて訪れる人の多くは検索してやってくるというから、ネーミングの段階で成功は決まっていたのかもしれない。
こだわりの調理法で仕上げた肉は、パティというよりもはやステーキ
この店のハンバーガーの特徴は、肩ロース100%の肉にある。
一般に、ハンバーガーのバンズに挟む肉をパティと呼ぶが、パティとは本来、ひき肉を円盤状に成形して焼いたものを指す。多くのハンバーガー店では、牛肉の割合や、牛脂と肉の比率にこだわりを持っていると思われるが、この店は一味違う。『No.18』ではパティに牛肩ロースを使用。丸ごとミンチにするのではなく、スジや脂など、歯応えや味に影響する部位を手作業できれいに取り除き、ヒレ肉のような食感に仕上げている。そうすることで、ダイナミックな味の中にも赤身肉ならではのさっぱりとした旨味が際立つという。
ソースにもこだわりがある。旨味が強い肩ロースとの相性重視で採用したのは、自家製のオレンジマスタード。オレンジのコンフィチュールとマスタードを合わせた、柑橘系の香りと酸味、ピールの苦味がほのかに感じられる名脇役だ。
「パティとソース、バンズも合わせ、トータルでハンバーガーとして完成させるよう、緻密な計算を積み重ねてきました。今後も“日本人だったらこういうの、食べたいんじゃない?”という味を追求していきたいですね」
旨味と塩味、甘味、酸味、苦味を合わせて「五味」という。この言葉をハンバーガー専門店で聞くことになるとは思わなかった。
人気は繊細さとダイナミックさが融合したアボカドチーズバーガー
この日注文したのは、一番人気のアボカドチーズバーガー。
オーダーの際、「当店はステーキ用のフレッシュなお肉を使っておりまして、基本的に赤身を残したミディアムレアくらいでお作りしておりますが、焼き加減にお好みはございますか?」と尋ねられた。ひき肉のパティならギョッとするところだが、ステーキ用と聞けば、答えは「イエス」だ。
肉が焼ける音と匂いにワクワクが頂点へと達した頃、目の前に差し出されたバーガーのゴージャスさに仰天。パティの直径は約10.5cmだというが、アボカドチーズバーガーの高さはそれ以上だ。
ボリュームもさることながら、映え度もすごい。インスタに投稿したら飯テロだと騒がれるんだろうなと思いながら、皿からハンバーガー袋に移して両手で握りしめた。
「キュッと潰して、いっちゃってください」
聞けば、上下に潰すことで、ハンバーガーに一体感が出るという。言われた通りにかぶりつけば、やや弾力のある歯触りを感じた直後、肉の旨味がじゅわっと口の中に押し寄せてくる。続いて、チーズのコクと、野菜のみずみずしさや甘味、ソースの酸味や塩味、ほのかな苦味が、肉の風味を包み込むように広がった。荒削りなのか繊細なのかわからないが、味覚を構成する要素が絶妙なバランスをなしているのだ。これが緻密な計算の結果だとすれば、長谷川兄弟は天才か。なんとも言えない五味の競演が心地よくて、思わず舌鼓を打った。
肉の焼き加減はミディアムレアで正解だ。外側はカリッと、内側は肩ロースとは思えないほどのやわらかさに仕上がっている。ほぐれるような食感がありつつも、肉を食いちぎる歯応えを味わえる、絶妙な口当たりがたまらない。
ビールが飲みたい!
ふいに口をついた言葉に、オーナーはニヤリと笑った。
いつかはロケーションのいい場所にも出店したい。夢は大きく!
オーナーの敬洋さんは、大のクラフトビール好き。ハンバーガーに合うクラフトビールを探すのも、たのしみのひとつだ。
「ビールの主原料は、バンズと同じ麦。ハンバーガーとはめちゃくちゃ相性がいいんですよ。肉の脂っぽさもスッキリ洗い流してくれるので、今後はメニューとの組み合わせをたのしんでもらえるよう、種類も豊富に揃えていきたいですね」
目標は『ミシュランガイド』に載ることだが、夢はほかにもある。
「ロケーションのいい場所に店をオープンしたい。秩父の山奥でやるのもいいですね。1日中だらっと過ごせるような、居心地のいい店にしたいです」
理想は、お客さんとゆったり語り合える店。実現した暁には、『ミシュランガイド』を片手に、ぜひ訪れたいものだ。
構成=フリート 取材・文・撮影=村岡真理子