寺島ナスゆかりの地で路上園芸の洗礼

出発は東武スカイツリーラインの東向島駅。

駅を出ると目の前に「ようこそ、寺島なすのふるさとへ!」と書かれた宝船のオブジェ。上にはナスの鉢植えと、ナスのヘタらしき帽子をかぶったキャラクターが乗っている。

宝船に乗るナスの鉢植え。

東向島はかつて「寺島」という地名だった。隅田川上流から運ばれてきた肥沃な土壌はナス作りに適し、「寺島ナス」と呼ばれたナスを生産していたそう(後で調べたところ、ナスの横にいたオブジェは「寺島茄子之介」というシンボルキャラクターとのこと)。

関東大震災以後、農地が住宅地へと置き換わったため幻のナスとなってしまったが、なんと最近、保存されていた種から復活し、地元で栽培が広がっているそうだ(参照:寺島なす復活プロジェクト​​ホームページ)。

向島の路上ではナスをよく見かけた。さすが、寺島ナスゆかりの地。

農耕の磁場を感じつつ、最初の目的地である向島百花園を目指し小道を進んでいくと、道沿いのあちこちに鉢植え。使わなくなった鉢を「ご自由にお持ちください」と配布しているお宅もあった。

植物を愛でる住人が多そうな街だ。

ペチュニアにニチニチソウ。カラフルでぷりてぃーな花たち。
「ご自由にお持ちください」の鉢は、この街だとあっという間になくなりそうだ。背後ではノウゼンカズラをパイロンがしっかりと護っている。

道のはじっこでは、スキマからニュッと顔を出し開花するタチアオイ。歩道脇の植え込みでは、イチョウの街路樹の根元に、誰かがコッソリ植えたらしきアロエやカネノナルキ、クンシラン、その上にもしゃもしゃと覆いかぶさるアイビー。

園芸愛と植物の生命力が拮抗し、せめぎ合う風景がたまらない。

こぼれ種から? スキマから満開のタチアオイ。
イチョウの根元で密かな生存競争が繰り広げられている。

江戸の庶民のテーマパーク・向島百花園

駅から7、8分ほど歩くと、向島百花園に到着する。

向島百花園は、町人文化の栄えた江戸時代後期に骨董商・佐原鞠塢(きくう)が開園した、現代に唯一残る江戸時代の花園だ。

開園当初は梅の木が主体だったが、その後、万葉集や詩経といった日本や中国の古典にゆかりのある植物が集められ、四季を通して草花の鑑賞を楽しめる人気の名所として知られるようになったという。

取材時の6月半ばは、アジサイやキキョウ、ハンゲショウといった植物が目に止まった。

星型が印象的なキキョウ。
鮮やかな空色のアジサイ。
こちらは薄い紫。アジサイは多様な花色の品種を楽しめた。
半分だけ化粧をしたようなハンゲショウ。
「寺島ナス」も育てられていた!

園内には、松尾芭蕉をはじめ29の句碑や石柱が建てられており、庭造りに力を合わせた文人墨客の足跡を楽しめる。

「夏の七草」の碑。

向島百花園が開園した江戸時代後期は、一般庶民の間にも園芸が浸透した時代。鉢植えの草花が普及し、庶民は身近な暮らしの空間で工夫しながら鉢植えを愛でていた。

まさに「路上園芸」のルーツが生まれた時代とも言えるだろう。

藤棚の下のベンチに置かれた鉢植えは、ソーシャルディスタンスへの配慮?

園内に設けられたベンチの真ん中には鉢植え。ご時世的にソーシャルディスタンスへの配慮だろうか。印刷した注意書きではなく鉢植えというところが向島百花園らしく、なんとも風雅だ。

 

園内の池にはカルガモ親子。池のほとりでは、ゆっくり歩いたり休んだりする来園者の姿。

大人一回150円、年間パスポートでも600円という破格の入園料。近所であれば、季節ごとにふらっと訪れたい場所だ。

園内の池を泳ぐカルガモ親子。

視線を上げると、向こうでまっすぐそびえるスカイツリーやビル。深い草木に包まれた園内だけ時間の流れが違うような不思議な感覚に陥る。

東京というと、今はビルや住宅がひしめいているが、江戸の人たちが向島百花園を訪れていた時代は、もっと緑豊かだったのだろうか。

当時の人たちの見ていた風景を想像しながら、静かな園内をぐるぐると散策した。

深い草木の向こうにスカイツリー。
どこからでもたいてい見えるスカイツリーは、その後も道に迷った時の目印になった。

柵を飲み込む木! 白髭神社

向島百花園のほど近くにあるのが白髭神社だ。

今から1000年以上も前に、近江国(滋賀)の白鬚大明神の御分霊​​として祀られたことからはじまった、由緒ある神社である。

白髭神社(東京都墨田区東向島3-5-2)。

静かで気持ちいい境内の雰囲気はさることながら、なんと言っても目を奪われるのは、鳥居の脇に佇む木。柵に「はむっ」とかぶりつくような姿で鎮座しているのだ。

お尻を乗っけて座っているようにも見える。

成長につれて幹が柵に接触し、ぶつかった部分の周りが肥大成長していったのだろう。

 

じつはこの木、5年ほど前に白鬚神社を初めて訪れた際にも見た。5年ぶりに再会したところ、その時よりも柵に乗っかった部分がぷっくりと膨らみ、なんだか凄みが増している。

変わらずたくましい姿を拝めてよかった。今後ともひっそり様子確認を続けていきたい。

柵にかぶりつく木(2016年ver.)。
柵にかぶりつく木(2021年ver.)。

白髭神社から子育地蔵堂という地蔵尊へと続く湾曲した道は、「旧墨堤之道」と呼ばれる。

「旧墨堤之道」と書かれた宝船のガードレール。

江戸時代、護岸強化や憩いの場づくりとして、隅田川の堤防沿いに桜の木が植えられた。見事な桜の並木が続く堤は、やがて「墨堤」と呼ばれるように。旧墨堤之道は、今は姿を消した昔の墨堤の名残の場所だ。

春はお花見、正月は七福神めぐりの人たちで賑わったというが、現在通りの周辺は、桜並木の代わりに種々の鉢植えで彩られていた。

二列でズラリ。花道のような見事な園芸。
盆栽オン鉢。白い鉢と小さな鉢が交互に並ぶ様子が、親子みたいでかわいい。

路地に生まれしインディーズ鎮守の森

向島の街は路地の風景も魅力だ。ぶらぶらと歩いていると至るところで迷路のような細い道に出くわす。

軒先には所狭しと鉢植えが並び、建物がひしめく住宅地であっても目に入ってくる緑の量は多い。色とりどりの季節の花が、目に楽しい。

入り口をぎっしりと囲むみずみずしい植物。青いルリマツリが涼しさを演出。
ノウゼンカズラが開花。
青い井戸は、災害時の水源として活用される「路地尊」。前には鉢植えがズラリ。

とりわけ目を奪われたのが、路地の空を覆うほどに成長したシェフレラの大木。ゆうに4〜5メートルはあるだろうか。縁石のスキマから幹が奔放に広がり、豊かな緑陰を生み出していた。

住人の方が表にいらしたのでお話を伺ったところ、なんと鉢植えからここまで大きく育ったとか。

いやはや、すごい。

路地の空を覆う巨大シェフレラ。
暴れるように広がる幹。お隣からはシュロもニュッと生えていた。

シェフレラは熱帯〜亜熱帯原産だが、寒さに強いため東京の路上園芸でもおなじみの観葉植物だ。かなり丈夫なのか、時たまオバケサイズに育っているのを見かける。

その成長っぷりがちょっと怖いくらいだが、それでもこうやってスキマから大木化している姿を見ると、不思議とアドレナリンが湧いてくる。

 

向島百花園のように手入れの行き届いた緑の風景も魅力だが、こうやって路地でひっそり育まれたインディーズ鎮守の森的空間もたまらなくよい。

街路樹のふりをした鉢植えのツバキ。

園芸や花見の大衆化が進んだ江戸時代のゆかりのスポットが、様々な形で残る向島。

「路上園芸」目線で歩いてみたところ、季節の移ろいを楽しみ、身近な空間で草花を愛でるという江戸庶民の暮らしが、今も街の至るところで目に見える形で息づいているのを感じた。

 

もし叶うなら、一週間でよいから江戸時代後期にタイプスリップし、向島の街を歩いていみたいものだ。

取材・文・撮影=村田あやこ

<参考文献・ウェブサイトなど>
寺島なす復活プロジェクト(https://teratama.tokyo/project/terajima-nasu/
路地尊/墨田区公式ウェブサイト
https://www.city.sumida.lg.jp/kurashi/kankyou_hozen/amamizu/riyou/rozison.html
『花から華へ ガーデニングの未来を占う』(賀来宏和・主婦の友社)