大井町の人たちに愛され続けた珠玉の一杯「なすラーメン」
「この店は先代が昭和43年(1968)に創業したから……今年(2021)で53年目か! そう考えたら長いことやっているよね(笑)」と、『金門飯店』の2代目主人を務める中山隆一さんは明るい表情でそう答えた。トレードマークとも言える黄色い外観のお店は2018年からこの場所へと店舗を移したが、この50年でビジネスマンが集うオフィス街から新しいファミリーが住む街へと変化を遂げた大井町とは異なり、何一つ変わっていないという。
「先代のころから、誰もが気軽に食べられる中華料理を作ってきた」という中山さん。その言葉通り、お店のメニューを見ると、チャーハンや餃子といった中華の王道メニューから「出前で注文をもらうと、どうしても麺が固まっちゃうから」という理由で敢えて味噌ラーメンをベースにしたこのお店オリジナルのジャージャー麺など、多彩なメニューが溢れるが、『金門飯店』に来たなら絶対に食べなければならないメニューがある。
そのメニューこそズバリ、なすラーメン800円。来店するお客さんの実に8割が注文するというこの店不動の1番人気メニューである。
50年以上続く看板メニューの知られざる誕生秘話
なすラーメンとはその名の通り、豆板醤で味付けをして、あんかけにしたナスのうま煮をラーメンに乗せたという代物。
あまりにシンプルな一品ながら、ナスのシャキシャキさとあんかけが絡んだちぢれ麺が絶妙なハーモニーを生むということで評判になり、お店が創業してからこの店の看板メニューとして親しまれてきた。まさに大井町の伝統の味と言っても過言ではない一杯である。
今や『金門飯店』の代表メニューとなっているなすラーメンだが、その誕生の由来は意外なもの。中山さんが当時を懐かしみながら、その誕生秘話を教えてくれた。
「お店がここに移転する前は3階まで席がある店舗だったんだけど、以前はこの辺にある会社の社員さんが宴席をすることがよくあったの。それでシメにラーメンを食べるんだけど……ある常連さんがラーメンに余っていたなすのうま煮をかけて食べてみたらとてもおいしかったということで、昼に店へ来た時に『なすのうま煮を掛けたラーメンを作って欲しい』って頼まれてね。それがなすラーメンの誕生だったね」
なじみの常連客の一言から大井町を代表する味が生まれた、まさに世紀のアイデアだったといってもいいだろう。
さて、そのなすラーメン。ベースとなるのは醤油ラーメン。鶏ガラと豚ガラとたっぷりの香味野菜に昆布などで出汁を取った昔ながらの醤油スープにこだわりのちぢれ麺を合わせたこの店自慢の一品だ。
そしてこのラーメンの主役であるなすのうま煮は「煮た時に一番おいしい」という九州産の長なすをふんだんに使い、麻婆なすの定番であるひき肉ではなく、食べ応えのある豚のバラ肉をチョイス。味の決め手となる豆板醤はお店で独自にブレンドしたオリジナルもので、さらに「お昼に食べるお客さんのことを考えて」臭いのキツいショウガやニンニクは敢えて使わずに仕上げた。
それにより、ピリ辛ながらどこか優しい味わいのうま煮に。大人はもちろんながら、小さな子供たちも喜んで食べるというのも頷ける。
より良いなすを求めることが味の秘訣に
麺をすすると、昔懐かしい醤油ラーメンの味を感じつつ、なすのうま煮のシャキシャキ感がマッチするなすラーメン。創業当時から「永遠のテーマ」とばかりにこだわってきたのがこのラーメンの生命線でもあるナスだった。
「ひと口にナスといっても、煮ておいしいものもあれば焼いたほうがおいしい種類もある。だから最初のころはどのナスがいいんだろう?ということでいろいろな産地のナスを使って試してみたよ。一時は水なすを使ってみたりね。それと色味がキレイになるからってピーマンを入れたこともあったけど……これは子供たちには不評だったなぁ(笑)」
創業以来50年近くもお店の看板メニューとして君臨してきたなすラーメンも時を経るごとにモデルチェンジを繰り返して、現在のスタイルに落ち着いたというが、今でも中山さんはナスの調理には人一倍気を配っているという。
「なすラーメンで一番大事なのは、ナスに油を吸わせすぎないこと。ナスの色をキレイにするために一度、油通しと言って油で揚げるんだけど、この時に高温の油でカラッと揚げる。忙しいからと言って低温の状態で鍋に入れて揚げてしまうと、ナスが余分に油を吸ってべしゃべしゃになってしまう。そうなったら、せっかく食べに来たお客さんに申し訳ないからね」
大井町の歴史を語る上では欠かせない『金門飯店』のなすラーメン。その優しい味わいのベースはたっぷり使われたナスでもお店オリジナルの豆板醤でもなく、中山さんのお客さんへの愛情なのかもしれない。
構成=フリート 取材・文・撮影=福嶌弘