カレーへの探究心と周囲の助言に導かれるようにカフェをオープン

入口すぐの場所にキッチンがあり、テイクアウトは窓からやりとりしている。
入口すぐの場所にキッチンがあり、テイクアウトは窓からやりとりしている。

西荻窪駅から南東に伸びる神明通り沿いの角にある『raccoon』は2017年にオープンした。営業は週末が中心で、平日はランチタイムにカレーをテイクアウトできる店として営業している。店主は井澤みちるさん。カレーの仕込みを担当するのは、平日は会社員として働き、週末は店にも立つみちるさんの夫の信仁さんだ。みちるさんはカレーと並ぶ人気メニューのロースイーツを担当している。

信仁さんは、超がつくほどのカレー好き。「お店を開く数年前からカレーに凝り始めて、外食はいつもカレー。家でも毎日のようにカレーを作るようになりました。友人たちに振る舞って褒められて、カレーのお店か喫茶店をやれたらいいねと話し始めたんです」。

店主の井澤みちるさん。
店主の井澤みちるさん。

長く西荻窪に住んでいた2人がお店をやりたいという希望を周囲に話すようになると、開店に役立つ情報が次々にもたらされた。「いろんな人のお話を聞きながら準備していたら、いつの間にかお店ができたという感覚です。不思議なほどさまざまなタイミングが合って、追い風にのることができたのだと思います」とみちるさん。

各テーブルに張り出されたメニュー。壁は自分たちで塗装したとのこと。
各テーブルに張り出されたメニュー。壁は自分たちで塗装したとのこと。

いずれも小麦粉を不使用でグルテンフリーのカレーは常時3種類が用意されている。定番の2種類は甘口のポークカレーと辛口の野菜カレー。もう1種類は週替わりで、サバカレー、チキンカレーなど5種類が今週のカレーとして登場する。もちろんそれぞれ単品でも注文できるが、いわゆるあいがけの「ハーフ&ハーフ」、その日の全種類を食べたいという声に応えた「3種盛り」もある。

3種盛りは1300円。左から野菜カレー、サバカレー、ポークカレー。
3種盛りは1300円。左から野菜カレー、サバカレー、ポークカレー。

ライスは日本の米にパスマティ米、黒米、玄米、キヌアを独自にブレンド。ライスにトッピングされているのが、インドでよく食べられるムング豆を使ったムング豆のアチャールと梅干しを使ったアチャールというのがおもしろい。

ポークカレーは、食べ応えのある大きさのバラ肉入り。脂身のおいしいSPFポークの岩中豚を柔らかく煮込んでいる。カレーにはスパイスはたくさん入っているというが、まろやかでやさしい味わいで、ますます豚肉の甘みを引き出している。

野菜カレーは辛口というが酸っぱさが際立った新鮮味のあるカレーだ。酸味の正体はレモン汁。季節の野菜をたっぷり使っているが、酸味とスパイスを掛け合わせた爽やかさがたまらない。今週のカレーとしても人気があるサバカレーはトマトと玉ねぎをたっぷり使ったカレーに焼いた塩サバを合わせている。実はサバカレーにも隠し味に梅干しが使われているのだとか。

どのカレーも長年の食べ歩きの成果を感じる味わいだ。中でもポークカレーは何度かレシピの完成宣言がされたらしいが、「やはりもっと」と試行錯誤が続いているというから今後も『raccoon』のカレーは進化が続きそうだ。

グルテンフリー嗜好やアレルギーや食事制限がある人の食も豊かに

さわやかで口どけのいいローチーズケーキは600円で、乳製品不使用。ナッツ類が主な原料だ。
さわやかで口どけのいいローチーズケーキは600円で、乳製品不使用。ナッツ類が主な原料だ。

みちるさんが担当のロースイーツも店に欠かせないメニュー。ロースイーツとは、乳製品や小麦などを使わず、カシューナッツやココナッツなどのナッツ類が原料。48度以上に加熱することもしないというスイーツだ。小麦粉を使わないカレーと合わせて、乳製品やグルテンのアレルギーなど、食事に制限のある人やヘルシーでおいしいものを求める人にとってはありがたい存在といえる。

ローチーズケーキは、土台をアーモンドとカシューナッツをシロップで固め、カシューナッツとココナッツミルク、ココナッツオイルを使って滑らかな食感に仕上がっている。こちらは温度が肝心なのでイートインのみで提供。さわやかなコクと口溶けのよさが特徴で、カレーを食べた後のデザートとしても相性がいい。

ロースイーツは、みちるさん自身が食事制限をしていたときにレシピを学び、店でも提供することになった。「グルテンフリーがきっかけで遠くから来てくださるお客さんもたくさんいます。食べ物に制限がある方にもおいしく召し上がってもらいたいですね」。

暖かいコミュニケーションで深まる店主の西荻愛

西荻窪の古道具屋とリサイクルショップで買い揃えた家具が印象的なインテリア。
西荻窪の古道具屋とリサイクルショップで買い揃えた家具が印象的なインテリア。

女性客はもちろん、カレー好きの男性が1人で訪れることも多いという。特にコロナ禍になってからは、近所の人たちがおいしいカレーを求めて繰り返し訪れている。

自分の店を持つまで、飲食店での経験がほとんどなかったみちるさん。お店を始めた当初、提供が遅くなったり、ものをこぼしたりと、お客さんの前でいろいろな失敗があったという。「でも西荻窪はやさしい方ばかりで、お客さんからきつい言葉をかけられたというようなことがないんです」と、ますます西荻愛が高まった様子。カレーとロースイーツと共に『raccoon』も一層愛されていきそうだ。

取材・撮影・文=野崎さおり