サッカーの縁でそば店を継承
『池尻蕎麦』があるのは、池尻大橋駅から地上に出て徒歩30秒の、玉川通り沿い。こう書くとすごくいい立地に思えるが、そうとも言い切れない。まずは外観の写真を見てもらおう。
店があるのは通り沿いに建つマンションの1階。しかし通りに面しているわけではなく、グッと奥に引っ込んでいる。「池尻ちょこっと横丁」という看板が入り口近くにあり、手前にある別の建物に『串焼き鳥山正』『居酒屋そてつ』『ビールマン』『池尻蕎麦』と並んでいる。店に行くには、マンションの敷地内にズカズカと入り込んでいかなければならないのだ。
実はここ、かつて和歌山ラーメンの『まっち棒』が入っていた。その後、そば店が入り、さらに近くにある製麺会社の宝録堂食品工業が経営していた立ち食いそば店『ホーチャン2号店』が入り、現在の『池尻蕎麦』に至る。店主の橋野幸一さんは、かつて『ホーちゃん2号店』で、アルバイトをしていた。
飲食店を増やして横丁化
橋野さんが『ホーちゃん2号店』でバイトしていたのは大学生の頃。その後、サッカーのコーチやトレーナー、建築関係の仕事をしていたのだが、あるとき『ホーちゃん2号店』が閉店すると聞き、「それなら僕にやらせてください」と手を上げたのだ。
長く『ホーちゃん2号店』でバイトしていたので、経験は十分。『ホーちゃん2号店』の店主は地元のサッカー少年団の先輩でよく知った間柄だったこともあり、『池尻蕎麦』として、後を継ぐ形でオープンすることになった。
しばらくして、隣にあった不動産屋さんが閉めることに。それならそこで飲食をやってみたいと交渉して借り、やはりかつてのサッカー仲間が経営していたクラフトビールのバー『ビールマンイケジリ』に声をかけ、並んで営業するようになった。
さらに通りに面していた建物も空いたので、やはりかつてのサッカー仲間と協力し、池尻の有名店だった『山正』の名前を継いで、焼き鳥店をオープン。居酒屋『そてつ』は以前からあったのだが、せっかく飲食店が4軒並んだのだからと、「池尻ちょこっと横丁」と名付け、まとめてアピールするようにしたのだという。
と、つまり、『池尻ちょこっと横丁』と『池尻蕎麦』は、これまでのいろんな巡り合わせやサッカーのつながりがあって、生まれたものなのである。ちなみに『山正』についてもいろいろあるのだが、書くと横道にそれていってしまうので、「山正」「池尻」「山正に特売なし」で検索してみてください。ちょっと面白いよ。
ムチムチ生ひやむぎは悶絶もの
さて、ここでようやく、そばのお話。『池尻蕎麦』は『ホーチャン2号店』と同じ宝録堂食品のそばを使うが、以前に茹で麺から生麺の都度茹でにチェンジ。さらに天ぷら類も揚げ置きから、注文後の揚げたてに、ツユもかえしに使うしょうゆのブレンドを少し変え、いろいろとグレードアップさせている。
そばは細めの江戸風で、風味よく、喉越しはツルツル。ツユはダシとかえしのバランスが良く、繊細なそばと良く合っている。麺量は並で145グラムと、しっかりしたボリュームがあるのが、うれしい。天ぷらと合わせれば、食事としての満足度はかなり高い。
経営で大きく変えたのは、酒とつまみを充実させて「蕎麦酒場」の色合いを強くしたこと。「立ち食いそば」であればこの立地は不利なのだが、「酒場」であるならば、この隠れ家的な雰囲気がいい方向に働く。「酒場」色を強くしたのはある人のアドバイスだったようだが、新しいお客さんもついたというから、成功だったのだ。奇妙な立地を「横丁」「蕎麦酒場」として、うまくパッケージングできたことが、その秘訣だろう。
さて、『池尻蕎麦』に来たら、ぜひ食べてもらいたいのが、生ひやむぎ。乾麺のひやむぎと違って、生麺茹でたてはムッチムチツルツルで、歯に絡みついてくるよう。すすって噛んでが、とにかく楽しくて仕方がない。暑いときにもツルツルいけるので、ぜひ。
横丁としてもそば店としても、今はうまくまわっている状態。今後は池尻に加え、三軒茶屋、駒沢、桜新町、用賀と、沿線に店を増やす野望を持っているんだとか。東急田園都市線の沿線は、立ち食いそば店が不足しているので、ぜひぜひ増やしていってもらいたいところだ。
取材・文・撮影=本橋隆司(東京ソバット団)