祖母たちが暮らしていた築90年超えの長屋
清澄庭園にぴったりと沿うように立ち並ぶ旧東京市営店舗向住宅は、鉄筋コンクリートでできた長屋群。昭和3年(1928)に建設された当時から、そのままであろう一角もあれば、飲食店やギャラリー、アパレルショップといった新しい顔ぶれも見える。
『Cafe 清澄』は長屋のひとつをリノベーションした小さなカフェ。長屋はもともと祖父母の住居として使われていたが、老朽化が進んでからは空き家になっていた。このまま放っておくのはもったいないというわけで、2015年1月にカフェとして再生。小林さん親娘が切り盛りしている。
店に入ったら、まずは古さと新しさが不思議と融合する独特の雰囲気を堪能したい。コンクリートの壁は白く塗られ、天井は高く圧迫感がない。
印象的なのは高い位置にある大きなふたつの窓。もはや天然の絵画だ。
「この窓はリノベーションをする前からありました。店の裏はちょうど清澄庭園の児童公園です。常緑樹だから一年中緑なんですよ」。
入り口にある窓辺やカウンター、備え付けの棚には本が並ぶ。雑誌や絵本、詩集、写真集……。気になる一冊があれば、自由に手に取ってOKだ。
「タネもしかけもない」けれど、丁寧さを感じる手作りの品々
『Cafe 清澄』のおしながきはドリンクと軽食が中心。ランチどきを過ぎても売れるというおにぎりセット600円をオーダーする。鮭、梅、たらこ、昆布から好きな具を2つ選べる。
注文が入ってから握るおにぎりは、宮城県産のササニシキを使用。ふっくらとしてほんのり甘く、具材の味を引き立てる。鮭も昆布も、しょっぱすぎず、なんだか落ち着きますね。
おにぎりだけでなく、スープもおいしいから驚いた。和風のスープはわかめとごま、油揚げが入って野菜もたっぷり。大根、にんじん、ごぼう、玉ねぎ、セロリにえのき。時期によってはハスも入る。「若い人は野菜をあんまり食べないでしょう?」と、あたたかい心づかいがうれしい。正方形に小さくカットされているのはフランス料理式なんだとか。
スイーツも手作りだ。『Cafe 清澄』では日替わりで数種類のケーキやカスタードプリンが登場する。合わせるドリンクは佐賀県嬉野産の和紅茶がいちおし。
「うちで出すこの和紅茶は、ふつうの紅茶に比べると渋みがなく、すっきりしています。ストレートで飲むのがおすすめです」
和紅茶もいいけれど、コーヒー400円もおすすめだ。『Cafe 清澄』ではサイフォン式で抽出する。長屋で暮らしていた頃に使っていたサイフォンの器具が今でも現役で活躍中。リノベーションをするときに、いろんなガラクタと一緒に出てきたと笑って教えてくれたが、いやいやこのレトロ感がたまりません。いつまでも見てられます。
「うちで出すメニューは、タネも仕掛けもございません」と静かに謙遜する。「今は母と娘だけなので、無理をしないようにやっています」。そう最後に教えてくれた。無理をしないって、大切ですよね……。そんな当たり前のことを気づかせてくれる『Cafe 清澄』。少し疲れたとき、またふらりと訪れてみよう。
構成=フリート 取材・文・撮影=宇野美香子