悲しくても腹は減るんだよ

姉と落ち合った後、お互い昼を食べていなかったので、駅弁を買って新幹線の中で食べようということになった。

中学の教科書に載っていた『いちご同盟』という小説を思い出した。ヒロインの手術が長引いて生死の境を彷徨っている間、病院の食堂へ向かった幼なじみがカツ丼を注文して搔き込むシーンが印象的だった。その幼なじみは、悲しくても腹は減るんだよと言っていた。その通りだ。状況に似つかわしくなくとも、腹が減ってしまうのが人間だ。食欲が湧いて、そこから目を逸らそうとするのはむしろ不自然な行為だろう。

さすが日本を代表するターミナル駅、東京駅の弁当売り場にはうまそうな弁当が豊富に揃っていた。一番安い鳥そぼろ弁当をさっさと購入し姉を待つ。しかし姉はショーケースの中のサンプルを見比べながら、長い間悩んでいた。何してるんだ。こんな時にいちいち弁当で悩むなよと思った。

とりあえず売り場を離れ電光掲示板で発車時刻を見ていると、白いビニール袋を持った姉が小走りでやって来た。直近の新幹線の出発時刻が迫っていた。急いで切符を購入し自由席に乗り込む。ふう、なんとか間に合ったと一息ついてお茶と弁当を取り出した時、姉の弁当に目が行った。

姉が購入した弁当は「21世紀出陣弁当」だった。

ブリの照り焼きや唐揚げが入っていて味の種類が多く、はっきり言って鳥そぼろ弁当よりかなりうまそうだ。いや、実は私も弁当を選ぶ時点から21世紀出陣弁当の存在には気付いていた。そして正直に言うと私もそれが欲しいと思っていたのだが、この状況でこのネーミングの弁当を買うのは憚られた。

パッケージに記された「21世紀出陣弁当」の力強い筆文字からも、この弁当が行楽地へ向かう元気な人種をターゲットとしていることがわかる。今の私はこんなハイテンションな弁当を買うべきではない。それにこのタイミングで「21世紀出陣弁当」を買ったら、葬儀へ向かうことを「出陣」と捉えていることになってしまわないだろうか。瞬時にそんな判断を行った結果、並んでいる中で最も質素で無難な鳥そぼろ弁当を買ったのだ。

何食べても関係ないやろ

しかし姉は堂々と「21世紀出陣弁当」を選んだ。おそらく長い間悩んでいたのも私のような空気を読もうとする日本人的理由からではなく、純粋に今の自分が一番食べたいものを厳しい目で見極めようとしていただけだと思う。

食うことは食うくせに、中途半端に喪に服した気になっていた自分の小狡ずるさがダサく感じられた。でもそんなのは私に限った話ではない。多分『いちご同盟』でカツ丼を食べていた彼でさえ、「21世紀出陣弁当」は買えないと思う。

「おじいちゃん死んだ時にようそれ買ったな」と私が突っ込むと「別に何食べても関係ないやろ」と笑って答える姉はなぜかとても頼もしく見えて、やっぱりこういう時に兄弟がいると救われるな、と思った。

文=吉田靖直 撮影=鈴木愛子
『散歩の達人』2021年1月号より