あいつはけっこう打つよ

早めにリハーサルが終わり、メンバー一同は空腹を抱えてライブハウス周辺を散策していた。適当な飲食店がなかなか見つからず、4人で国道沿いを10分ほど歩いてようやく辿り着いたのは、でかい喫茶店のような古ぼけたうどん屋。わざわざ徳島まで来てうどんかあ、とやや残念な気持ちもあったが、他に選択肢もないし佇まいの良い店だったのでそこに決めた。

注文を終えたあとスポーツ新聞の野球面を流し読みしていると、思わず「おっ」と声が出た。目に留まったのは広島東洋カープのブラッド・エルドレッド選手の打撃成績。まだ7月、シーズン前半途中だと言うのに28本もホームランを打っていて、あまり野球の結果をチェックしていなかった私は驚いた。日本の最多本塁打記録はバレンティンの60本。前半戦で28本なら、日本記録更新の驚異的なペースだ。ややテンションが上がり、テーブルを挟んで前方にいた野球好きの大垣に「おい、エルドレッドめちゃくちゃ打ってんな!」と話しかけた。しかし大垣は「ああ、あいつはけっこう打つよ」と、日本記録ペースにしては冷ややかな反応だった。「前半戦で28本ってやばくない?」とさらに聞くと「いや、28本はさすがに打ってねえと思うけどな」と返された。

なんだ、こいつも知らないのか。目の前でスポーツ新聞を読んでいる私に対抗して来る時点で気にさわったが、実際の記録を見せて驚かせてやろう、と少し気持ちが昂った。新聞を大垣の方へ広げ、エルドレッドの打率の横にある「28」と丸に囲まれた数字を指し示す。

「ほら。これ。28本」

大垣は私が指し示す数字をはっきり見た。そしてその上で、「う〜ん、さすがに28本は打ってないと思うけどなあ」と言った。軽い衝撃を覚えた。「いや、ここに書いてるじゃん!」と新聞が凹むほど数字を指差しても、いつまでも「う〜ん」と首を捻っている。いや、もうその段階は過ぎているはずだ。しかし新聞という最強の武器を見せても認めてもらえなかった私は、結局それ以上の手を思いつかず、納得できないまま新聞を閉じ、黙ってうどんを啜ったのである。

新聞の印刷ミスという万が一の可能性を考慮し、後で他の新聞やネットも調べたが、やはりエルドレッドは28本打っていた。その件についても、まだ大垣には問い質せないままでいる。

後方にいるのはドラムス担当の大垣翔と、かけうどん(小)242円。茅場町にて。

文=吉田靖直 撮影=鈴木愛子
『散歩の達人』2021年2月号より