2016年オープンで、銀座の喫茶店としてはニューフェイス
偶然通りがかりでもしない限り、出合うのは難しいだろう。それもこの店の魅力のひとつだ。店の場所を聞かれたときの説明をしているのか尋ねてみたら「GINZA SIXの裏の通りからもう一本入った新橋寄りといっても、『わからない』と言われることもあります」というのは店長の佐藤由希絵さん。
オープンは2016年2月。銀座で喫茶店と名乗る店の中では新顔の部類だ。北海道出身で、札幌に本社がある『宮越屋珈琲』の銀座や新橋の店で15年働いていた佐藤さんと商社を40代で退職したオーナーとが知り合って、一緒にやろうと店を開いた。オープンから程なくして、佐藤さんの夫で、前職の同僚でもあった上野さんも合流し、夫婦が店の一切を任されている。
店として「喫茶店(サテン)」と名乗っている理由を聞くと「カフェやコーヒー専門店は増えましたが、喫茶店は少なくなってきましたよね。喫茶店というものを次の世代に引き継いでいきたいという気持ちがあります」と佐藤さん。
ブラジルをメインにしたオリジナルブレンドは、濃すぎず、飲んで疲れないことを意識している。多いときで6種類あるストレートは圧倒的にマンデリンが人気だ。「50代以上の人は、コーヒーといえば深入りのマンデリンというイメージの人が多いみたいですね」と話す。
鮮度を重視したおいしいコーヒーをお客さんに提供することも店のポリシー。ほぼ毎日、開店前に店内にある焙煎機で焙煎を行っている。
「焙煎していると、豆がキラキラといい顔をするときがあるんです。音が変わったり、一瞬でぶわっと香ったり。『いいね、いいね』と豆に話しかけながら焼き上げていると、夫には『大丈夫?』という顔をされます」と佐藤さんは笑う。
佐藤さん自身が好きな豆を聞いてみると「全部の子が好き」という返事が返ってきた。コーヒーはもちろん、ケーキや食パンまで、ほとんどのメニューは手作り。佐藤さんにとってはどれも「手塩にかけた子」なのだ。
こだわりのネルドリップで淹れたコーヒーは贅沢なカップで提供
『310.COFFEE』はネルドリップでコーヒーを淹れている。しかもフィルターを手で持つスタイルだ。
左手にネルドリッパー、右手にポット。ステンレスの計量カップに落としたコーヒーは、この後少しだけ火にかけてからお客さんに出す。喫茶店ブーム絶頂期にコーヒーを覚えた60代以上の世代が、熱いコーヒーを好むことを意識してのことだ。
『310.COFFEE』はほとんどが由希絵さんの私物コレクションでもある有名ブランドのコーヒーカップで出してくれる。一部は常連客が持ってきたカップもあるというからすごい。
コーヒーは一杯900円から。銀座らしい価格設定だが食事のメニューは単品では提供しておらず、1000円以下の飲み物はナポリタンやカレーとセットで1400円と手頃な価格になる。
「コーヒーを飲みながら仕事して、お腹が減ったらランチや甘いものも食べられて、全面喫煙可能なのでタバコ吸う方も含め、気分転換ができる空間にしたかった」と由希絵さん。広々とした店内で、コーヒーやランチ、デザートと長く時間を過ごしてほしいという姿勢もありがたい。
5種類ある食事のメニューの中でいちばん人気はナポリタンだ。ナポリタンはお客さんのリクエストに答えてメニュー入りした。甘いケチャップと細めのスパゲティ、ウインナーにピーマンという王道スタイルがウケて、毎日のようにランチタイムにやってきてはナポリタンを食べる常連客もいるという。
デザートも日替わりで数種類。今では誰もが知るバスク風チーズケーキの黒いチーズケーキも、コンビニチェーンが商品化する前から出していて人気がある。
店にやってきた常連客には佐藤さんも上野さんも、絶妙に気さくに話しかけるし、お年寄りが来れば当たり前のようにさっと寄っていく。銀座という土地にありながら気取ったところがなく、おいしいコーヒーとともにゆったり時間が過ごせる。週5回通う人も少なくないというが、それも納得だ。
カフェやコーヒー専門店とは少し違う喫茶店が持つ温かみ。その文化を次の世代にも伝えていこうとする貴重な店といえそうだ。
取材・文・撮影=野崎さおり