表通りを外れて路地に入ると、目の前に閑静な住宅地が広がった。『いでぱん』を目指してひたすら歩いているが、進めば進むほどすれ違う人の数は減り、店舗らしき外観は見当たらない。ふと不安になり、左手に持ったままのスマホを確認すると、「この先、目的地」と示された道が……存在……しない……。地図アプリも途中でナビを放棄するほどの難所ということか。念のために地図を拡大すると、数十m先にひっそりと私道が延びているのが判明。もしや、と思い行ってみると、その私道の入り口に小さな看板がかかっていた。
あったぞー! やったー!
たどり着くのが難しい住宅地のパン屋。しかし、ご近所さんの信頼と期待を一手に引き受けた店の味は確実で、わざわざ行くだけの価値がある、大いに。何より発見した時の喜びはひとしお。もしも道に迷って歩き疲れたら、近くの公園で休憩がてらパンをつまむのもいいし、『いでぱん』は「地域の安らぎの場所に」とテラス席を開放している。
そんなのどかな家並みや庭の緑など、道中の景色も住宅地のパン屋を訪れる理由。帰り道には澄んだ空気と、おなかに抱えたパンの香りを胸いっぱいに吸い込むのだ。
いでぱん [武蔵境]
地域に待ち望まれて自宅敷地内に開店
友人に向けて自宅でパン教室を開いていた井出裕子さんが、「普段から気軽に買えたらうれしい」という声に背中を押され、店を始めたのが2016年。材料は無添加にこだわり、中に入れる具材も丁寧に手作りしている。例えば、カレーパンのカレーは辛さ控えめで、生地と一緒に噛みしめるたび、国産小麦と天然酵母の醸す自然な甘みが野菜の旨味と相まって味わいを増す。季節ごとにトッピングが変わるデニッシュもおすすめ。
『いでぱん』店舗詳細
ここね [三鷹]
一つひとつのパンに素朴さと個性が詰まる
ガリッとした食感が際立つメロンパンや、旬の食材を主役にした総菜パンが次々と食欲をそそる。いずれも店主の山本祥子さん、麦畑ちひろさんが二人三脚で練り上げたアイデアが満載だ。冬に登場する春菊のパンは、爽やかな風味をシュレッドチーズのコクが増幅。カスタードクリームとスイートポテトを一度に楽しめる「飛べ! くまパン」も期間限定だが、季節商品が入れ替わり現れ、今日はどんな出合いがあるかな、と訪れるたび楽しみ。
『ここね』店舗詳細
MORI BAKERY [武蔵境]
国産小麦の味を生かす長時間冷蔵発酵
ホシノ天然酵母と自家製のレーズン酵母をパンによって使い分け、長時間冷蔵発酵で国産小麦の持ち味を前面に。開店直後、住宅地に漂うパンを焼く香りに誘われ、早々に人が集まりだす。自家製つぶあんが入ったよもぎあんぱんは、「ここのが一番よもぎが濃厚」と評判なだけあり、かじり付いた途端に香り立つ。「ご近所さんに育ててもらいました」と笑う店主の森春子さんとのやりとりも醍醐味。
『MORI BAKERY』店舗詳細
ブーランジェリー hiro [三鷹]
種類豊富なハード系に大人も子供もハマる
店主の向山博幸さんは都内のパン屋に約20年間勤務し、独立。「パン屋のおばちゃんと呼ばれるのが夢だった」と妻の泰子さんはうれしそうだ。自慢のバゲット・バタールは、食べる直前にトーストすると外側はカリッと香ばしく、中はしっとりして甘い。「自家ブレンドした小麦粉を使い、香りを最大限に引き出します」と博幸さん。ライ麦で作るカンパーニュのもっちり食感にもヤミツキ。
『ブーランジェリー hiro』店舗詳細
取材・文=信藤舞子 撮影=佐藤侑治
『散歩の達人』2021年1月号より