錦糸町のイメージは酎ハイとモツ煮だった。だが近年、日本酒を楽しむ店が増えてきたという。店が増えれば、キャパシティ、置いてある銘柄の種類、合わせる料理など選択の幅が広がる。今回紹介する4店も、それぞれに違った楽しみ方ができるはずだ。
『特撰ひやむぎ きわだち』は1〜2人で静かに、また飲んだ締めにも最適。『醸造科oryzae』は酒好きが料理や酒をじっくり味わう場。『井のなか』はカウンターも座敷もあって大人数でも楽しめ、腹も満たされる。『IMADEYA SUMIDA』は1人でふらっと立ち寄るもよし、フードコートで腰を落ち着けるもよし。好みのものを購入できる楽しみもある。どの店も週末も営業しているので、時間に余裕をもって街歩きをしてみるのもよいだろう。
それぞれの店で出される料理は多種多様で、“日本酒のつまみといえば、刺し身、珍味、漬物”という先入観を打ち砕いてくれる。店主たちは「日本酒は守備範囲が広く料理をカバーしてくれる」と口を揃える。甘口、辛口、フルーティーといった口当たりはもちろん、温度やそそぐ器によって、同じ酒でもがらりと変わることがあり、そうした多岐にわたる味わいが懐の深さの理由だろう。チーズにはじまり、グラタン、チゲ、ピザと、思いがけないメニューにも必ず合う酒がある。日本酒を知りつくした達人が、合わせる料理を求めて果敢に挑戦し続けた成果ともいえる。
だから、飲む酒に迷ったらお店のスタッフに相談してみてほしい。達人たちは合う酒を知っている。1本の道にまっすぐ光が射すようなマリアージュを体験できるだろう。
日本酒の造りには麹菌の働きが欠かせない。その名を冠する『醸造科oryzae』の店主いわく「麹菌はカビの仲間で、カビは菌糸(きんし)を出すじゃないですか。日本酒の店を出すなら錦糸町しかないですよね」。後付けですよと笑っていたが、けだし名言。日本酒を楽しむ土壌が錦糸町にはある。
『醸造科oryzae(オリゼー)』体に染み入る発酵の底力
店名の「oryzae」は麹菌の学名。店主は、大学の醸造科学科で発酵を学んだ。その知識を元につくる料理は、どれも旬の素材の豊かな味わいが、発酵の力でより引き立っている。日本酒も、麹を使って発酵させる昔からの技法に忠実な蔵元のものを揃え、すじこからチーズやソーセージまで、幅広く料理に合わせられる懐の深さがある。滋味あふれる一献が楽しめるだろう。
『醸造科oryzae』店舗詳細
『特撰ひやむぎ きわだち』日本酒×ひやむぎの新たな試み
群馬県産の小麦粉と、香川県産の石臼びき全粒粉をブレンドした自家製生麺は香り高く、かむほどに風味が際立つ。乾麺とは別物で、夏だけのものにしておくのはもったいない。ひやむぎだけでも日本酒に合うが、そば前のごとく、つまみも充実している。「日本酒は“ジャケ買い”です」と店主は笑うが、一度仕入れたものは置かず価格も均一と、酒飲みの心をつかむ。“締めにひやむぎ”の愉悦を知る。
『特撰ひやむぎ きわだち』店舗詳細
『IMADEYA SUMIDA』角打ちで自分の好みを探す
商業施設のフードコート内にあり、酒販店の一角で気軽に日本酒やワインなどを楽しむことができる。物販では「はじめの100本」として、おすすめの酒を提案していて、なかでも日本酒は約40本。店内で飲めるのはそのうち6種類で、親しみやすい味わいのものを選んでいるから自分の好みを知る道しるべとなるだろう。角打ちのつまみは物販スペースでも購入可。家飲みも豊かになるに違いない。
『IMADEYA SUMIDA』店舗詳細
『井のなか』日本酒への愛情が成せる技
「底なしに日本酒がある」と店主が自負するように、店内には酒瓶がずらり。もちろんそれらは飾りではなく、スタッフが丁寧に説明し、冷酒、燗酒といった飲み方も含めて、選んだ料理に合うものをすすめてくれる。とはいえ堅苦しさは皆無で、思わぬ組み合わせに盃が進む。酒に合うものをと店主が考え抜いた料理は和洋中韓が揃い、日本酒のさまざまな楽しみ方を知って身も心も満たされるのだ。
『井のなか』店舗詳細
取材・文=屋敷直子 撮影=高野尚人
『散歩の達人』2024年1月号より