元氣喫茶(カフェ)
古材を再活用したリノベアイデアが満載
長屋で生まれ育った店主の塚田晶子さん。父の木彫り作品を飾り、自家製麹を用いたカフェを始めようとしたら、旧知の長屋の所有者から「自由に手を入れていいよ」と声が掛かった。昭和初期築の2階建て4軒長屋の真ん中は、父が大工時代に何度も修繕しに来てた縁ある家。左官屋さん、大工さんの手を借り自ら修繕を進めたが、早速洗礼を受ける。
「床を剝いだら柱の下の部分がなくて宙ぶらりん。衝撃でした!」
土台をかまして補強すると、次は襖がはまらない。「取り外した古材を廃材にするのではなく、活用したくて」と、襖は木組みの美しさを生かして目隠しや飾りに、敷居は吹き抜けの手すりにと、用途を変えて転用。そのアイデアたるや、お見事だ。
天井を抜いた梁の上の「百年分の埃(ほこり)」を掃除した風情ある屋根裏の木組みを、レトロなライトで照らす。ネズミにかじられた土壁は仲間と漆喰で塗り直し、「記念に」と残したイラストは客たちの頬を緩ませる。草花を店の内外に飾る店は、長屋暮らし経験者が懐かしむほど、心和む空間だ。塚田さんは手作りの甘酒を用いた野菜満載のスムージーや味噌を用意して、月島の人々の健やかな笑顔を支えている。
『元氣喫茶』店舗詳細
リキマルカフェ
関東大震災前の希少な平屋長屋で憩う
「犬の散歩で月島を歩いた時に驚きました。京都ですら古い家屋が減っているのに、再開発が盛んな月島の路地には木造の長屋が残っていて」と、京都出身の店主、高塚美佐恵さん。月島の古い街並みに惚れ、開店をと考えた時に縁ができたのが、折しも前から気になっていた平家の2軒長屋だった。界隈で長屋といえば2階建てを思い浮かべるが、「関東大震災前はどこも平屋だったそうです。2階建てになったのは震災後」。
暮らしの名残をとどめた空き家の壁や天井を取り払う。次に石膏ボードを張った上からメーカーさんの手ほどきを受け、友人や近隣住民と漆喰を塗り、棚は土間のテーブルとして再活用。竹組みがのぞき見える藁(わら)混じりの土壁は「左官さんが残すべきだとおっしゃって」と一部残し、あえて昔の技を見せるように工夫した。
古道具をあしらった風情もいい。京都から長持を持参して据え置き、ご近所でもらい受けた煙草盆を蚊遣りに使う。火鉢を土台にした上り框(かまち)は、そのまま座り込めるお気楽席だ。また、奥の白壁には犬とその家族のモノクロ写真を展示し、アートギャラリーのよう。
「今後はこの空間を、貸しギャラリーとしても活用したいですね」
『リキマルカフェ』店舗詳細
月島長屋
姿は長屋、機能は現代のレンタルスペース
看板はない。郵便受けに小さく名前が表記されているのみだ。海外暮らしの経験を持つレンタルスペースのホスト・佐藤さんは、古民家探しのうちに不動産屋から6軒長屋の1軒に案内された。関東大震災直後の大正13年(1924)築、幾重もの壁や長い梁を用いた長屋で、「地震に強いんです」と佐藤さん。しかもリノベーション済みで「棟梁のセンスが素晴らしかった」と絶賛する。物入れは洗濯機と洋式トイレに、旧トイレはシャワーブースに、窓際のキッチンはリビング向きの対面式にと、機能を現代風にしながら、長屋特有の間取りはそのままで、質の良い古建具をはめ直していた。
佐藤さんは町内会長に月島の歴史を教わりながら、月島の長屋で使われていた雑具を集めて、長屋を楽しんでもらう場として開放することにした。長屋そのものに入れる希少な場所とあって、今では映像、コスプレ会の撮影や膝突き合わせての円座会議、テレワーク、イベントなどの場として多岐に利用されている。
「壁越しにお隣さんの声が聞こえたり、窓越しにご近所さんと話したり、筒抜けのベランダから両隣の人たちと挨拶したり。ここは、月島の長屋文化そのものです」
『月島長屋』店舗詳細
酒房蛮殻(しゅぼうばんから)/手盃蛮殻(てっぱばんから)/可否灰殻(カフェはいから)
2階建て長屋の1軒を横丁感覚で回遊
路地の先、長屋の軒先で赤提灯が揺れている。オーナーの大野尚人(ひさと)さんは、門前仲町で『酒亭 沿露目(ぞろめ)』『酒肆一村(しゅしいっそん)』を営みながら、「1日中稼働してて、コーヒーも酒も食事もつまみもあるような、ガチャガチャしてるけど一本筋が通った店」を夢想。そんな時、昭和初期建築の2階建て長屋に出合った。幸運なことに大家さんが一級建築士で、月島の長屋を残すために所有する物件だった。すでにリノベーションを終え、すぐにでも店が始められる状態。ひと目見るなり構想が湧き出して即決した。古びた小さな茶簞笥を据え、長屋の風情を生かした内装を心がけた。
ユニークなのは、1軒の空間で品書きが違う三毛作の営業形態にしたことだ。かねてシュウマイとホッピーのポテンシャルを信じていた大野さんは、1階でテイクアウトもできる立ち飲み酒場を開店。2階は、昼は定食&コーヒーのカフェ、夜は日本酒バーと変化をつけ、あえてフロア、時間帯で店を分けることに。
「月島なのに、路地の酒場をあまり回遊していない気がするんです。昨今、一カ所に留まりがちな風潮ですが、ハシゴ酒って楽しいんですから」
まずは、長屋の中で回遊し、そのあとは路地へと繰り出したい。
『酒房蛮殻/手盃蛮殻/可否灰殻』店舗詳細
取材・文=林さゆり 撮影=丸毛 透
『散歩の達人』2023年9月号より