大塚まるま
大塚の名店が生んだ新たな日本酒の酒場
2016年9月。ひっそりと静かに、『大塚まるま』は開店していた。老朽化のため惜しまれつつ閉店した、大塚の日本酒の名店 『こなから』の店主・樋川まゆみさんが新たに開いた店である。日本酒は『こなから』時代と同じく、「早瀬浦」(750円)のように口当たりがきれいな食中酒を約30種類そろえ、日本酒が欲しくなる汁物や煮物に珍味など、飲んべえがウキウキする気の利いたつまみが品書きにずらりと並ぶ。「私も酒飲みなので、自分が食べたくなる料理を作っています。日本酒をたくさんおかわりしてほしいので」と穏やかに笑う樋川さんの優しさに甘えて、すぐに次の一杯に手が伸びた。酒も肴も、いつまでもゆるやかに酔える、しみじみしたおいしさがある。
『大塚まるま』店舗詳細
地酒や もっと
骨太な燗酒をじっくり腰を据えて
朴葉の上でぐつぐつ焼かれた蟹みその匂いと重厚な色につられ、すぐにこっくりした旨味の燗酒を飲みたい口になる。すすめられた「辨天娘」を熱めにつけてもらい、すすれば自然と目尻が下がった。ふくよかな酸味が蟹みその濃厚な味を引き立て、ひと口ごとに満たされていくような深い余韻が体に沁みてくる。「流行りの日本酒よりも、控えめだけれど燗酒にしてじっくり飲みたくなる銘柄を応援したい。とはいえ、押し付けることはしたくないので、さりげなくファンを増やしていきたいです」そう話す店主の水永英伸さんの言葉通り、燗酒タイプは30種類と豊富だが、するする飲める軽快な冷酒も多くそろえているので、燗酒を中心に色んなタイプの日本酒を行ったり来たりするのも楽しい。
『地酒や もっと』店舗詳細
酒蔵 きたやま
大塚の日本酒文化を支えてきた老舗の酒場
今よりもおいしい日本酒がずっと少なかった30年以上前の創業時から、『酒蔵きたやま』は質の高い銘柄を提供し続けている。「大塚は昔から日本酒文化のエリアです。いい酒を求めるお客さんが多かったんです」と長年働いている店長の小林義尚さんは教えてくれた。後口がきれいで喉ごしがいい味を主軸に、普通酒から大吟醸までまんべんなくそろえて銘柄は約50種類。多くの日本酒のなかで現在も、「手取川」や「繁桝」、「満寿泉」など長年扱う定番銘柄が、常連客に根強い人気なのだという。料理は、板前が丁寧に作る日本酒が進みすぎる酒肴ばかりで、ずっと飲み続けていたくなり、ここから離れがたくなってしまう。
『酒蔵 きたやま』店舗詳細
うなぎ 宮川
芸者さんの舞と極上うなぎを堪能
明治40年(1907)創業の老舗ながら、数年ほど前に日本料理店で修業をした八馬誠さんが4代目を継いでからは、料理の内容を一新したという。旬の素材を生かした料理には、若女将が厳選した純米酒がよく合う。が、もちろん一番の目玉はうなぎ。店主が全国を歩いて選んだウナギを仕入れているが、特に静岡・大井川の地でストレスなく育てられた‟共水うなぎ”は一切の臭みも癖もない。長年注ぎ足してきたタレと合わせると、もう言うことはなし。
『うなぎ 宮川』店舗詳細
松し満
花街の昔話を聞きながら一杯やる
1948年の創業以来、料亭ではなく広い座敷もある「料理屋」として酒食をふるまっていたが、数年前にコンパクトな今の店に移転し再出発。旬の魚を使った割烹料理が手ごろな値段で楽しめるのだが、「昔から使ってるよ」と店主新井さんがいう器がまたいい。老舗の温泉宿を彷ほう彿ふつとさせるようなデザインのものが多いのだ。花街が華やかなりし頃は、夜ごと宴会のたびに、大勢の仲居さんたちが忙しくこの器たちを運んだのだろう。
『松し満』店舗詳細
ぐいのみ大
粒ぞろいの大吟醸を普通に飲める幸せ
日本酒のなかで最も手間とコストをかけて造る、高価な大吟醸がごく普通に味わえるのがありがたい。入手困難だと言われている「磯自慢」や「東一」など、約10種類の大吟醸が、手頃に唎き酒セットで飲めるなんて日本酒好きにとっては涙ものだ。「ウンチク抜きで楽しんでほしい。大吟醸は蔵元が一番気合を入れているお酒ですし、何はともあれ、まず飲んでいただければ必ずおいしさがわかるはずです。日本酒を飲んだことがない人の入り口としてもぴったりです」と店主・伊藤大さん。そのまま飲むだけではなく、出汁の効いた料理と合わせたい。上質な日本酒の旨味がさらにふくふくと広がり、口のなかが幸せになる。ついうれしいため息が何度もこぼれた。
『ぐいのみ大』店舗詳細
構成=柿崎真英 取材・文=山内聖子、フリート横田 撮影=井原淳一、本野克好