岩手県盛岡市生まれ。公私ともに17年以上、日本酒を呑みつづけ、全国の酒蔵や酒場を取材し、数々の週刊誌や月刊誌「dancyu」「散歩の達人」などで執筆。日本酒セミナーの講師としても活動中。著書に『蔵を継ぐ』(双葉社)、『いつも、日本酒のことばかり。』(イースト・プレス)
新酒に別れを告げる季節です
春が近づいてくると、四季醸造(一年中酒をつくる)蔵はさておき、酒づくりを終える酒蔵が増えてきます。それに伴うようにして、私は日ごと焦り出す。そろそろ新酒と別れなければならない季節がやってくる、と思うからです。
毎年、厳冬期に生まれるつくりたての新酒は、酒蔵からの“無事に酒ができました”の便りであり、今年一年の決意表明でもあるのですが、だいたいが、加熱殺菌をしていない無防備で味が変化しやすい生酒です。
この酒は基本的に、低温で保存し続けることが必要で、飲み頃の期間が短いのが特徴です。日本酒は腐るものではありませんが、熟成することを前提につくっている生酒いがいは、さっさと飲んでしまわないとつくり手が届けたいと思っている、本来のおいしさを味わうことはできないんです。
ですから、暖かくなってくるこれからの季節に、新酒をいつまでも取っておくと、おいしさのピークをとっくに過ぎた状態を飲む羽目になります。
個人的な趣味や実験として、生酒を熟成させるのは否定しませんが、蔵元が“生熟”を目的にして商品化していない限り、それをすることに対してすすんで喜ぶつくり手に、私はほとんど会ったことがありません。酒場の店主に、大事に取っておいたという一年前の新酒を嬉しそうに出され、困惑している蔵元の顔を隣で何度見たことか。(その場では笑っていますが内心は「やめてくれ〜!」と多くの蔵元が思っていることを私は知っています笑)
一部の酒屋さんで、熟成させた新酒を販売しているところもありますが、それは、飲み頃を考慮し、未開封で適正な管理のもと寝かせているので、“生熟”が好きな人は試してもいいと思います。(でも、ただ日付が古い売れ残りという場合もあるので、なぜ寝かせているのか不明なときは、それとなく店の人に確認してくださいね)
というわけで、私は3月上旬になると、私は冷蔵庫に大事に保管していた新酒たちを、どんどん開封して飲みに取りかかります。今回紹介する宮城県の「桂泉こんこん」という新酒もそのなかのひとつ。初春から旬を迎える山菜の苦味と合わせたいと思い、あえてこの時期まで冷蔵庫で保存していた一本です。
ふきのとうと新玉ねぎの春巻きをつくる
「桂泉こんこん」は、冴え冴えとした透明感があり、上質な苦味が特徴です。この苦味に合わせて、ほろ苦いふきのとうを使った春巻きをつくりたいと思います。
材料は、ふきのとう4個くらい、小さめの新玉ねぎ半個、春巻きの皮(小)、白胡椒、塩、サラダ油。
まず、新玉ねぎをやや薄切りにし、ざっくりと切ったふきのとうをボウルに入れて、白胡椒をたっぷりとふりかけて軽く混ぜ合わせます。
広げた春巻きの皮の上に、新玉ねぎとふきのとうを適宜、乗せて包みます。(苦味が少ない栽培モノならば、ふきのとうをもう少し加えても大丈夫です)
具がごわごわしているので、ちょっと包みにくいかもしれませんが、多少、写真のように不恰好になっても構いません。
春巻きを揚げるときは、卵焼き用のフライパンを使うと少ない油で済みますよ。(ない場合は小さいフライパンを使ってください)ここに、炒め物をつくるときより多めのサラダ油を入れて、春巻きを並べてから火にかけます。中火弱でじっくり揚げていきましょう。
春巻きに火が入ってくると、新玉ねぎの甘い匂いがぷ〜んと漂ってきます。私はいつものごとく完成を待ちきれず、この匂いもつまみに「桂泉こんこん」を飲んでしまいました。うまい!
両面だけではなく、写真のように左右の断面もひっくり返しながら、丁寧に火を入れていきます。
全体がきつね色になったら完成です。お皿には塩と白胡椒を添えて。今回は塩と胡椒だけですが、ポン酢をつけてもいいと思いますよ。火傷に注意しながら熱いうちに頬張りましょう。
箸で掴むのがまどろっこしくて、熱いのに春巻きを手でつまみ、ハフハフ言いながらかぶりついてしまいました。そして、酒をぐびり。あ〜幸せ。酒とふきのとうの苦味が共鳴し、酒の甘みと新玉ねぎのとろりとした甘みが仲良く重なります。
山菜という春の旬と、これから別れを告げる冬の新酒。その狭間でしたたかに酔いながら、“今”に身を委ねる私。これから日本酒は、春の酒、夏の酒へと旬が移り変わっていきます。
写真・文=山内聖子