*音声公開期間:2021年9月23日まで

瀧川鯉八(たきがわこいはち)
落語家。1981年、鹿児島県鹿屋市出身。2006年瀧川鯉昇に入門、10年二ツ目昇進、20年5月真打昇進。独特の世界観を展開する新作落語で注目される。15・17・18年に渋谷らくご大賞、20年3月に花形演芸大賞銀賞受賞。気鋭の創作話芸ユニット「ソーゾーシー」のメンバーとしても活動。第10回きりゅう映画祭公式招待作品『WAO』(20)ほか映画、ドラマなどへの出演も。

アカオニクン、ニンゲンタチト、

ナカヨククラシテクダサイ。

ボクハ、シバラク、

キミニハオメニカカリマセン。

コノママ、キミト、

ツキアイヲツヅケテイケバ、ニンゲンハ、

キミヲ、ウタガウコトガナイトモ、

カギリマセン。

ボクハ、コレカラ、

タビニデルコトニシマシタ。

サヨウナラ。

カラダヲダイジニシテクダサイ。

ドコマデモ、キミノトモダチ、アオオニ

「あー! って泣いたのに、なんで帰ってきたの!?」

「いやまあその」

「青鬼くんが自分で手紙に書いたんだよ『どうか元気でさようなら』って」

「書いた」

「ぼくは人間と仲良くなりたくて家の前に看板を出した『ぼくは心のやさしい鬼です。お茶とお菓子を用意してます。ぜひ遊びにきてください』って。でも人間は怪しんで誰も来なかった。そしたら青鬼くんが『ぼくが人間の前で暴れるから、赤鬼くんぼくをこらしめろ。そしたら人間は赤鬼くんのことをやさしい鬼だと思うから』って」

「言った」

「その通りにしたら人間と仲良くなれた。お礼を言おうとしたけど青鬼くんいなくて書き置きあった『どうか元気でさようなら』って」

「書いた」

「そりゃ手紙には『しばらく旅に出ます』ってあるからいつか帰ってくる可能性も充分にあるわけだけど、おしまいに『どうか元気でさようなら』ってあるんだからもう帰ってこないと思うでしょうよ。いや会いたかったよ。会いたかったけどこれは会っちゃダメでしょうよ。2度と会えないと思ったからぼく泣いたのに。なんで帰ってきたの、たった3日で?」

「いやまあその」

「はっ! もしかしてはじめから帰ってくるつもりだった? ふたりで楽しくやってたのに、人間と仲良くなりたいなんて言い出したぼくを辱めるために」

「辱める?」

「弱ってるところに甘い言葉で囁やいて、無償のやさしさ残したふりして悲しみの絶頂で現れて『こいつ泣いてやんの!』ってぼくを辱めるために」

「まさか!」

「でもおあいにくさま!【人間の前で暴れる計画】を青鬼くんが提案してきたときからちゃんと疑ってましたから」

「疑う?」

「なんか匂うなって。タイミングといいシナリオといい出来すぎだなって。最後手紙を読んで確信したね。あ~これは罠だって。案の定したり顔できみは帰ってきた。ぼくが噓泣きだとも知らずに。落とし穴にはまったのは青鬼くんきみのほうだ!」

「赤鬼くんきみは一体なにを言ってるの? ぼくは本当に赤鬼くんと人間に仲良くなってもらいたかったんだよ」

「じゃあなんで! こんなとこ人間に見られたらまずいことくらいわかるでしょ?」

「わかる」

「すべてが台無しになることくらいわかるでしょ?」

「わかる」

「帰ってきてはいけないことくらいわかるでしょ?」

「わかる」

「じゃあなんで帰ってきたの!?」

「それはさ」

「うん」

「なんていうかさ」

「うん!」

「モーレツにさ」

「うん!!」

「赤鬼くんに会いたくなったんだよ」

「…ええっ? ぼくに? たった3日で? ええっ? もともと赤いんだよ。さっきはごめんね。本気で泣いてたよ。3日もどこにいたのさ?」

「栃木は鬼怒川温泉」

「鬼怒川ってあの鬼怒川?」

「そう!」

「鬼が怒る川と書いて鬼怒川?」

「そう!」

「鬼に怒られる川とも書ける鬼怒川?」

「そう!」

「いつかふたりで行こうって約束した鬼怒川?」

「へ?」

「なんでひとりで鬼怒川行ったの!?」

「いやまあその」

「青鬼くんが言ったんだよ『いつかふたりで行こう』って」

「言った」

「ぼくは1度でいいから鬼怒川に行ってみたかった。聖地鬼怒川に。でも温泉に入ることを人間が許すわけがない。そしたら青鬼くんが『大丈夫。いつかふたりで行こう』って」

「言った」

「はっ! もしかしてはじめからひとりで行くつもりだった? 鬼怒川行きたいだなんて夢みたいなこと言ってるぼくをヤ~な気持ちにさせるために」

「ヤ~な気持ち?」

「いつかふたりで鬼怒川行けたときに『本当は来たことあるんだよねぇ』って先輩風吹かせてなんかヤ~な気持ちにさせるために?」

「まさか!」

「なにが会いたかっただ! この鬼たらしめ! 2泊3日の温泉旅行ただ満喫しただけじゃないか!」

「誤解だよ~」

「じゃあなんでひとりで鬼怒川行ったの!?」

「それはさ」

「うん」

「なんていうかさ」

「うん!」

「モーレツにさ」

「うん!!」

「赤鬼くんに最高の鬼怒川をプレゼントしたかったんだよ」

「…ええっ? ぼくに? 最高の鬼怒川を?」

「きっと人間はぼくらを歓迎しない。ふらっと行ったらひどい仕打ちにあう。赤鬼くんをそんな目にあわせたくない。だからぼくが先に行って人間と仲良くならねばと」

「どうやって?」

「それは言えない。仲良くなるためにあんな恥ずかしいことやこんな醜いことしてたなんて知ったら赤鬼くん負担に感じちゃう」

「青鬼くん…」

「うまくいってた。でもうまくいきすぎて気が緩んだんだね。つい酒に手が伸びた」

「青鬼くん?」

「酔っぱらった勢いで人間の前で暴れてしまった。こらしめてくれる赤鬼くんもいないのに!」

「青鬼くん!」

「明くる朝、鬼怒川の入口に看板出てた『未来永劫人間以外お断り』って。赤鬼くん。『鬼ころし』の名に偽りなし!」

「この鬼ぃーーー! って泣いた。また泣いた」

撮影=武藤奈緒美 消しゴムはんこ=とみこはん
『散歩の達人』2021年4月号より

 

落語家・瀧川鯉八インタビュー 「無根拠な自信に、常に薪をくべている」
散歩の達人8月号の特別企画「鯉八さんぽ落語」で“誌上落語”を披露してくださった落語家・瀧川鯉八さん。落語への先入観をくつがえす独特の新作落語で注目を集め、落語芸術協会の二ツ目ユニット「成金」、春風亭昇々さん、立川吉笑さん、浪曲師の玉川太福さんとの創作話芸ユニット「ソーゾーシー」などでも活躍の幅を広げてきた。2020年5月には真打昇進。10月からは待望の真打昇進披露興行が控える鯉八さんに、どんなことを思って新作落語を作るのか、聞いてみました。
【読む聴く!鯉八さんぽ落語】「江の島慕情」瀧川鯉八
明けない夜はないけれど、夜がなければ朝もない。2020年5月に真打昇進した新作落語の奇才・瀧川鯉八さんの創作落語で、深夜の湘南江の島へ。不思議なトリップを、音源とともにお楽しみください!