入店への一歩にとても勇気がいった店

それはなぜか? 『みさき』は南口の商店街「パークロード石神井」にある。

この看板が目印。
この看板が目印。

僕は、ただ酒を飲むためだけに何度も沖縄に行ったことがあるくらいの沖縄好き。看板に「琉球料理」とあれば気にならないわけがない。ところがぱっと見、まず入り口がどこにあるのかがわからないのだ。

2階に上がっていけばいいんだろうけど……。
2階に上がっていけばいいんだろうけど……。

建物の2階を見ると、通りに面しては『喰酔たけし』という店がある。ということは、その奥にもうひとつ店がある?

あの先に?
あの先に?

今よりずっと若く、酒場経験もまだまだ浅かった僕は、様子のわからないその先を覗く勇気がなかなか出なかった。そしてまた、とても人気の店らしく、夜に前を通りかかると、奥のほうから何やら盛り上がっている声が聞こえたりする。それもまた、一見(いちげん)の僕がふらりと入っていいんだろうか? と、入店を躊躇(ちゅうちょ)させた。

それでもある日の夕方、やっぱりどうしても気になるので、階段を上ってみることにした。するとやはり、『喰酔たけし』の奥にもう1軒の店がある。まだ開店したばかりの時間で、店内は珍しく静かだ。思いきって扉を開けてみた。

するとそこには、石神井から切り離された島時間が流れていた。
するとそこには、石神井から切り離された島時間が流れていた。
どれもこれも食べてみたい!
どれもこれも食べてみたい!

カウンター席に着くとママは、「初めてですよね? こんな奥までようこそ」と、ものすごく自然に一見の僕、そして同行の妻を迎え入れてくれた。

沖縄独特のイントネーションに癒やされつつも、油断をするとちょいちょい下ネタを混ぜてくる恵理子ママ。そのキャラクターに一発でノックアウトされ、そう日を開けずにまた飲みに行くと、「小林先輩! どうぞどうぞ」なんて(小林は僕の本名)、2回目にしてすでに名前を覚えてくれていたことにも、ものすごく感動した。それ以来『みさき』は、行くたびに大好きな親戚の家に遊びに来たような気分になれる、とびきりお気に入りの一軒になった。

ひとたび店に入れば、そこは沖縄

さて、そんな『みさき』でのんびりと飲める幸せ。今夜も噛みしめていこう。

まずは生ビールから!
まずは生ビールから!

ここに来て、BGMの沖縄民謡を聴きながらキンキンの生ビールを飲んだ瞬間、僕の心は完全に沖縄にいる。ぷは〜、最高!

今日のお通しはカニカマと大根、コーンなどのあえもの。手作りならではの優しい味がうれしいなぁ。

こちらが恵理子ママ。
こちらが恵理子ママ。

お酒好きで、営業中に常連たちと乾杯することも珍しくない(写真撮影のため、一時マスクを外していただきました)。

沖縄から直送される海ぶどう680円。
沖縄から直送される海ぶどう680円。
同じくジーマミー豆腐500円。
同じくジーマミー豆腐500円。
シークァーサーハイ450円。
シークァーサーハイ450円。

プチプチと弾けて口のなかに沖縄の海の香りを広げる海ぶどう。とろりと濃厚なジーマミー豆腐。そして果汁たっぷりのシークァーサーハイ。誰がなんと言おうと、ここが沖縄でないはずがない。あ〜、幸せだな〜。

居心地の良さの秘密は家族親戚の絆にあり

理恵子ママの出身は「伊是名(いぜな)島」という沖縄の小さな離島。島には高校がなく、進学するには外に出ていくしかない。しかも家は5男2女の大家族だったため、長男が高校に進学するタイミングで、一家で沖縄本当へと引っ越した。島には今も親戚がおり、もずくやアーサー(あおさ)は伊是名島から定期的に届くのだという。

沖縄では冠婚葬祭は大変なイベントで、理恵子ママの子供時代は、主催者の家に親戚じゅうが集まり、1週間も宴会が続くことは珍しくなかった。準備を含めれば半月はかかる宴が年に何度も行われ、その度に「中身汁」(豚モツの煮込み料理)を2〜300人前作ったり、グルクンを100匹単位で揚げたりしていたのだとか。

そしてまた、今よりもずっとしきたりに厳しい時代でもあった。男は決して厨房に入らずにふんぞり返って酒を飲み、炊事洗濯はすべて女性の仕事。おのずと厨房は女性たちの社交場となり、子供といえども手伝わなければ、親の肩身が狭くなる。もちろん大変だったけど、それが料理や接客を好きになり、今この仕事をしていることにつながっているんだからありがたいと、理恵子ママは語る。

僕の大好物、アーサー天ぷら700円。
僕の大好物、アーサー天ぷら700円。

『みさき』の料理はどれも盛りが豪快。沖縄天ぷら独特のモチモチの衣に、伊是名島から届くアーサーの鮮烈な香り。細かく刻まれたスパムや玉ねぎの旨味も効いて、とにかく絶品。

やっぱりうまいな〜……。
やっぱりうまいな〜……。

ちなみにお皿の端に乗っているのはゴーヤーの天ぷら。これは、事前に取材とお伝えしていたためのサービスと思われ、普段はこのスペースにもアーサー天が載るボリューム感。

『みさき』の歴史に話を戻すと、やがて6歳上のお姉さんが上京し、石神井在住の男性と結婚。39年前に「カルチェ」という飲み屋を始める。この「カルチェ」は駅前再開発で立ち退きとなったが、場所を移して現在も石神井にある。

そして今から約20年前、「カルチェ」に続いて、閉店してしまう予定だった「みさき」という寿司屋を看板ごと譲り受け、居酒屋を開店。そこに手伝いに入り、そのまま店主を引き継いだのが理恵子ママというわけだ。

当時の「みさき」は、もちろん沖縄料理はあれど、もっとごく普通の居酒屋だった。それは恵理子ママが、この地の人に沖縄料理が受け入れられるのかどうか、そして、自分の沖縄料理が合格点に達しているのかどうか、どちらにも自信がなかったからだそう。けれどもあちこちの沖縄料理を食べ歩いてみて、「合格点どうこうではない。『みさき』の料理は我が家の家庭料理の味なんだ」と気づき、晴れて看板に「琉球料理」の文字が加わることになった。

現在も、娘さんや姪っ子さんなど、親戚が中心に手伝う『みさき』は、何度も言うけど本当にアットホーム。練馬区で生まれ育った僕が、憧れの沖縄の空気感に自然と溶けこめる、本当にうれしい店なのだ。

「フーチャンプルー」の美味しさにも目覚めさせてもらった

フーチャンプルー700円。
フーチャンプルー700円。

チャンプルーといえばゴーヤーやソーメンが有名かもしれないが、僕はここではフーチャンプルー一択。ジュワッと出汁が染み込んだお麩にトロトロの卵が絡みつき、シャキシャキの野菜たちと混ざりあう。食べれば食べるほど体が喜んでいるような気がするのも、沖縄料理の魅力だよなぁ。

自家製のコーレーグースがまた、なんでこんなに合うんだろう!
自家製のコーレーグースがまた、なんでこんなに合うんだろう!
日替わり料理も充実している。
日替わり料理も充実している。
「ちょっと作ったから食べてみて」と、ミートソースペンネが出てきた。
「ちょっと作ったから食べてみて」と、ミートソースペンネが出てきた。

こういうちょっとした家庭料理もまた、しみじみ心癒やされる味で美味しい。

豚軟骨焼き680円。
豚軟骨焼き680円。

塩コショウを効かせてスパイシーに焼き上げた豚軟骨は、最近メニューに加わった新作だそう。コリコリ食感とジューシーな旨味が合わさって、危険なほどに酒が進む一品!

これはもう泡盛でしょう。と、残波・黒580円。
これはもう泡盛でしょう。と、残波・黒580円。
飲み終わるまでもう少しだけ、沖縄の空気に浸らせてください……。
飲み終わるまでもう少しだけ、沖縄の空気に浸らせてください……。

店主からのメッセージ

「やっぱりうちって入りにくいですよね。ほとんどのお客さんは、まずは常連さんの紹介で来てくれるんです。だって場所的にも奥まってて、そうじゃないと信用できないもんね(笑)。

それに、沖縄料理って『好き』という人もいれば『嫌い』という人もいるでしょ? 好みの問題だからしょうがないんですよ。だからたまに、『沖縄料理が好きで入ってみたんです』とか、あとは小林さんみたいな冒険家がふらっと来てくれることもある(笑)。

だからこそ、来てくれた方とはなるべく友達になれるようにと思ってやってるんです。

私、若い人にいっぱい飲んでほしいんですよ。若い人が元気なのってうれしいもんね! うちにも息子の友達が来てくれたり、前にバイトしてた娘たちが子連れできてくれたりしてますし、もしよかったら勇気を出して一歩奥まで入ってきてみてくださいね」(前川理恵子さん)

『みさき』店舗詳細

住所:東京都練馬区石神井町3-17-15 KYビル202/営業時間:17:00~24:00/定休日:日・祝/アクセス:西武池袋線石神井公園駅から徒歩5分

取材・撮影・文=パリッコ