「全てをハイにする」とは??

「全てをハイにする」は、自粛期間中の“買い出し”を楽しむために思いついた遊びだ。「何に焼酎を入れると美味しいか」を考えながら、スーパーやコンビニへ行き、オリジナルの「〇〇ハイ」を作る。この遊びによって少し視点を変えるだけで、いつもの売り場が輝いて見え、どこへ行くのも立派な散歩。身も心もハイになれるのだ。

「全てをハイにする」の基本ルールは以下。

ルール①焼酎に入れたら美味しそうなもので割って飲んでみる
ルール②食べ物を粗末にしない

創業60年超のやきとり店『田吾作』へ

うかがったのは、恵比寿駅前の交差点からすぐの場所に店を構えるやきとり店『田吾作』。創業から60年以上の老舗で、赤提灯に白のれんの正統派酒場だ。

飴色の壁に年季の入ったカウンターに飲んべえ心がうずく。
飴色の壁に年季の入ったカウンターに飲んべえ心がうずく。

入った瞬間、「良い……」とこぼれてしまうお店の雰囲気。やきとりの香りを胸いっぱいに吸い込んで着席すれば、飲む前から気分はほろ酔い。さっそく、ホイスを注文してお話を伺うことにしよう。

限られた店でしか扱っていないホイス

左から、松坂さんの息子さん、2代目店主の松坂さん。
左から、松坂さんの息子さん、2代目店主の松坂さん。

―そもそも、ホイスっていつ生まれたんでしょうか?

松坂さん 昭和30年代、ウイスキーハイボールが贅沢品だった頃に、港区の白金にある後藤商店さんが代用品として生み出しました。焼酎にホイスの液を入れて炭酸で割る。ウイスキーをもじって、ホイスキー、そこからホイスとなったそうです。酎ハイの元祖とも言われています。

『田吾作』は両親がはじめた店なのですが、私が物心ついた時にはメニューにありましたね。当時は、つまみはやきとり、酒はホイス、日本酒、ビールの3種類のみで営業していたんですよ。

―筋金入りの昭和の酒場ですね。ホイスの原液は後藤商店でしか扱っていないのですか?

松坂さん 基本は一般販売しておらず、あまり多くの居酒屋さんには卸さないと聞いています。レシピは一子相伝で、今は3代目が製造を手がけられています。

ホイスの正体とは

噂のホイス425円。ドライな味わいで、わずかに生姜のような辛みもある。
噂のホイス425円。ドライな味わいで、わずかに生姜のような辛みもある。

―レアな飲み物なんですね。似たような生まれのドリンクで焼酎ハイボールもありますが、味わいは全く異なりますよね。何が入っているんでしょうか?

松坂さん トウヒ、チンピ、コンズランゴウ、チラータ……。滋養強壮に良いものだったり、漢方薬に使われる材料も多いみたいです。

―なんだか呪文みたいですね。確かに漢方っぽい香りと味わいは感じていました。本能的に体には良さそうだな、と。

松坂さん 飲みすぎたら一緒なんですけどね。漢方っぽさもありつつ、何杯も飲めてしまうから不思議ですよね。

―この不思議と何杯も飲める、味わいの設計が絶妙ですよね。

松坂さん 最初から最後までホイスだけ飲む人もいますね。これを目当てにいらっしゃる方も多いです。

おつまみとともにホイスで乾杯!

左から、つくね、タン、シロ、鶏モモ、カシラ各145円。
左から、つくね、タン、シロ、鶏モモ、カシラ各145円。

「ホイスはウチのやきとりとも相性抜群」とのお言葉をうけ、やきとり盛り合わせを注文。味付けは塩で、ホイスとのマッチングを楽しむことにした。肉のうまみをぎゅっと噛み締めて、ドライなホイスを流し込むと、独特の香りが鼻を抜けていく。これはクセになりそうだ。

ワラビの酢の物425円。
ワラビの酢の物425円。

先代が東北出身だったことから、山菜のおつまみも揃えている。ほどよい酸味と心地よい食感。やきとりの箸休めにもちょうど良い。

これもホイスと合うんだなぁ。というか、ホイスは何にでも合うようだ。

謎に包まれたホイスは、ロマンを味わうドリンク

ホイスが生まれた当時、お店はどんな様子だったのだろうか。きっと酒飲みの考え方は今とそう変わらないのではないか、と思いを巡らせる。

ホイスが愛されるのは、ドライで飲み心地も良いだけでなく、少し謎めいていて、時を経たロマンがあるからだ。長きにわたりホイスを守り続けた人々に尊敬の念を抱きながら、ゴクリと飲み干すと、「全てをハイにする」にかける熱がゴーッと高まるとともに体が火照った。このパワーを糧に、美味しい〇〇ハイを生み出していく!! と決意して、店を後にした。

『田吾作』店舗詳細

住所:東京都渋谷区恵比寿西1-1-3 第一ビル 1F・2F/営業時間:17:00〜22:30LO/定休日:不定/アクセス:地下鉄恵比寿駅から徒歩1分

取材・文・撮影=福井 晶

戦後にはまだ高級品だったビールやウイスキーの代替品として生まれた、ホッピーや下町ハイボール、ホイス。そんな下町酒場の王道“ローカル酒”を楽しんでこそ、東京を味わえるというものだ。