学生時代に慣れ親しんだあの店の味を東京にも広めたい
京浜東北線のホームを背にしてガラスの扉を開けるとチリンチリンという音と共に、煮干しの香りに包まれる。ただし、その香りは、グッとくるような複雑さがあるというよりも、どこか軽やかだ。
店内は細長く、入ってすぐ左にある食券機に向かってメニューを選ぶとき、少しのけ反ってしまったほどだ。
オーナーの宮田さんは、滋賀県のご出身。地元にある人気ラーメン店『幻の中華そば加藤屋 にぼ次朗』に足しげく通う学生時代だったとのこと。
「やっぱり東京でも『にぼ次朗』の味が食べたい。東京の人にもあの味を知ってほしい」。そう考えた宮田さんは友人とふたりで、『にぼ次朗』創業者で、当時京都市内で「煮干し中華そば加藤屋本店」を営んでいた大将こと加藤道成(みちなり)さんを訪ねた。「東京で『にぼ次朗』の味を出したいので、修業させてください」と熱意をぶつけたところ、道が開かれた。
約1年半の修業中、ラーメンの作り方以上にお客さんへの接し方など飲食業の基本や新しい味への探究心などを受け継いだという。
繊細に作った煮干しスープと豚骨の掛け合わせに、二郎系要素を融合した一杯
『麺屋にぼじ』は、4種類のラーメンと2種類の油そばが基本のメニューだ。4種類のラーメンは、豚骨などを炊き込み白濁した白湯スープと、メインは同じ豚ながら小さな火で炊く清湯スープ、そして煮干し出汁といった3種類のスープを組み合わせている。
肝心の煮干しのスープは、苦味の少ない白口と言われる煮干しと、出汁に使うとコクが出る背黒と呼ばれる煮干しの2種類をブレンド。水に数時間浸してから弱火にかけて取っている。強火にかけない分、えぐみがなく繊細さのあるスープに仕上がる。
麺は京都にある老舗の製麺所『麺屋棣鄂』から取り寄せている極太麺。「極太麺はスープが絡みにくい分、強いスープを合わせるお店も多いと思いますが、『麺屋にぼじ』のスープは飲みやすい味わいなので、スープが絡みやすいこの極太麺を選んでいます」と教えてくれた。
看板メニューの煮干しラーメンを注文した。スープは、3種類のうち清湯スープと煮干しスープを掛け合わせ、醤油だれを合わせている。注文時、麺は100gから300gまで同一料金で選べるという太っ腹ぶり。ヤサイとアブラの量、ニンニクの有無も注文時に好みを指定できる。つまり『麺屋にぼじ』は煮干し系の中華そばに、二郎系ラーメンの要素を取り入れているのだ。
「魚介出汁のえぐみがないのにガッツリとしたスープで、さらに麺の量を300gまで増やせるようなお店はなかなかないと思います」と宮田さんはこの煮干し味の中華そばにほれ込んだ秘密を明かしてくれた。
極太麺を固さ普通にゆでる時間は5分30秒ほど。注文が入ってからゆでたもやし、背脂、豚バラをゆでて醤油だれに浸したチャーシュー、そしてカリカリ煮干しと呼んでいる素揚げした煮干しに一味唐辛子をかける。
スープは、煮干しをしっかり感じるものの、確かに特有のえぐ味はほぼ感じない。醤油味の中に、背脂の甘みをちらっと感じて、もう一度スープの味を確かめようとレンゲを手に取る行為を繰り返してしまった。
食べ応えある太い麺とスープの相性がよく、セメント系と呼ばれるような煮干し出汁のラーメンとは別の満足感がある。カリカリ煮干しの食感とうまみも他ではなかなかお目にかかれないものだ。
オープン当日に行列発生。すっきり煮干しとボリューム満点の一杯は東京に旋風を巻き起こすか
滋賀の店は、近くに立命館大学びわこ・くさつキャンパスがある。しっかりしたスープとおなかのすき具合に合わせて選べる麺のラーメンは、学生や卒業生たちにもファンが多い。2025年5月のオープン当日は、「あの味が東京で食べられる」とSNSで知った滋賀県ゆかりの人たちが周辺の区画をぐるりと囲むほどの行列を作ったそうだ。
「僕たち以外にもこの味を楽しみにしていた人が、こんなにたくさんいたのかと思いました」と宮田さんは噛み締めるように話してくれた。もちろん最近も滋賀県出身者やゆかりの人が多く訪れていて、「同窓会みたいな雰囲気になるときもあるんですよ」とのこと。
すっきりした煮干しスープと背脂入りでガッツリした食べ応えを両立した一杯。蒲田から煮干し中華そばの新たな旋風を起こしていくのかもしれない。
取材・文・撮影=野崎さおり





