堀辰雄 著『風立ちぬ/菜穂子』(小学館文庫)
静かな夏の日を過ごしたい人への課題図書
私は本書、『風立ちぬ』を読んで「愛」とはどんなものかわかった気がした。
結核を患う節子と、彼女に静かに寄り添う「私」。サナトリウムで二人は雄大な自然の中を過ごし、死をすぐそばに感じながらも、確かに同じ時を重ねる。派手な出来事は起こらず、登場人物もごくわずか。ただ手を取り、目線を交わす。言いかけた言葉を胸にしまい、それでも互いに言いたいことが分かっている。自然の音や風景の描写が豊かなことで、言葉少なでも二人の情景や空気感が伝わってくるのだ。二人がそっと寄り添い、死を見つめるからこそ、生きることや人を愛することの美しさが際立つ作品だ。
そして物語は『菜穂子』へとつながる。病や孤独を抱えながらも、自らの生き方を選び続ける菜穂子の姿には、誰かを愛することだけではない、一人の人間として自分自身の人生を愛することを教えてくれる。二つの物語を通して堀辰雄が描くのは、限られた時間のなかで誰かを愛すること、自分らしく気高く生きること、そして自然の美しさ。その静けさが心地よく、自然の中に包み込まれる感覚になる。(奥田)
推薦パラメータ
楽しい度:★★★
読みやす度:★★
夏度:★★★★
散歩度:★★★★
お子さまにもオススメ度:★
三島由紀夫 著『不道徳教育講座』(角川文庫)
この世の真理をつかみたい人のための課題図書
得意科目は英語、生物、数学だったのに文系に進んだ私は、とにかく国語が苦手だった。高校時代は、現代文の授業で扱う必要最低限のもの以外、読書する習慣すらなかった。そんな中、大学で入ったサークルの先輩方は、『さぼうる』で自主的に読書会を開くような本の虫ばかり。私は強烈にコンプレックスを抱き、1年生の夏休みに、太宰治、川端康成、芥川龍之介……などの文豪たちの名作を読み漁った。当時は今以上に、各社の夏の文庫フェアが盛んだったと思う。だから、自分にとって夏の読書といえば、文豪の文庫一択なのだ。
この『不道徳教育講座』も、その時に出合った一冊。直前に『金閣寺』を読んで、三島の精緻な文体や芸術的霊感に酔い始めていたところに、このエッセイで完全にノックアウトされた。タイトルからして怪しげだが、「教師を内心バカにすべし」「弱い者をいじめるべし」「人のふり見てわがふり直すな」といった、一見とんでもないテーマが約70編つづられる。どれもウィットとユーモアに富んでいて笑わずにはいられないのだが、巧みな逆説的レトリックで、不道徳こそが正義であると説き伏せられてしまう。そして、(執筆当時の社会を差した内容であっても)現代にも通じる人間の真理が、ずばり言い当てられているのが恐ろしい。これより切れ味鋭く、面白いエッセイを私は読んだことがない。(高橋)
推薦パラメータ
楽しい度:★★★★★
読みやす度:★★★★
夏度:★★★
散歩度:★★
お子さまにもオススメ度:★★★★★
池澤夏樹 著『マシアス・ギリの失脚』(新潮文庫)
“島”になりたい人への課題図書
タイトルそのまま、架空の島国・ナビダード民主共和国の大統領マシアス・ギリが失脚するまでの物語。
ナビダードは日本の属国であり、島を取り巻く状況には妙なリアリティがある。と思うのもつかの間、あるとき日本のお偉いさん47人を乗せたバスがパッと、行方不明になる。島民に聞くところによれば、バスは魚と海を泳いだり、顕微鏡の中を走り回ったりと、結構元気にやっているそうだ。リアリティは……?
そんなこんながあり、最終的にマシアス・ギリは失脚する。彼が島中を訪ねまわり、コネをフル活用し、ときには汚い手を使いあがこうとも、運命は変わらない。島には何か大きな力が働いており、そこにひとりの人間が抗うことなど不可能なのだ。そりゃあバスだって消える。
なんともとりとめのない筋書きだが、狭く小さい島国であるナビダートが隅から隅まで描かれるため、世界を一冊の本として丸ごと手にしているような快感が、この本にはある。読み進めるほど、自らが島を俯瞰するような存在、というか島そのものになった気がしてくる。読書ならではの南国体験を、是非味わってほしい。(守利)
推薦パラメータ
楽しい度:★★★★
読みやす度:★★★
夏度:★★★★★
散歩度:★★★
お子さまにもオススメ度:★★
吉田修一 著『永遠と横道世之介』(文春文庫)
「自分はこんなんでいいのだろうか」。そんな漠然とした不安を抱えた人への課題図書
吉田修一の青春小説「横道世之介」シリーズの完結編。「九月 猛暑元年」から「八月 永遠と横道世之介」の一年と、そして「十五年後」まで。主な舞台は、吉祥寺駅からバスで15分、三鷹市にある「ドーミー吉祥寺の南」。世之介とは事実婚の関係だけど、「二番目に好き」な「あけみちゃん」が切り盛りする下宿で、元芸人の営業マン、書店員、大学生、新たに引きこもりの高校生が加わり、なんでもない一日を繰り返す。あけみちゃんがつくった枝豆入りのひじきなどをもりもり食べ、缶ビールをがぶがぶ飲む。
死に別れた最愛の恋人「二千花(にちか)」の実家がある鎌倉もたびたび登場。世之介は、二千花がいなくても海で遊び、二千花の両親と一緒にスイカにかぶりつく。
なんでもない一日だけど、今日みたいな日があったら人生大満足と思えるような一日の繰り返し。頼りないけど、人がいい世之介。なぜかみんなから声がかかる世之介。そして、世之介みたいに心軽やかに笑っているのがいちばんいい、そんなことを思って安心している私である。(平岩)
推薦パラメータ
楽しい度:★★★★★
読みやす度:★★★★★
夏度:★★★
散歩度:★★★★
お子さまにもオススメ度:★★★★★
荻原規子 著『RDG レッドデータガール』(角川文庫)
この夏、きゅんきゅんしたい人への課題図書
世界遺産に認定されている熊野古道、とある神社に住む引っ込み思案の少女・鈴原泉水子(いずみこ)は、高校進学を機に上京する。さまざまな事件を経て少女に少しずつ内なる変化が起きていく、現代ファンタジーの傑作。実は秘められた力を持つ彼女が、謎をはらんだ高校で学園生活を送る——かなり引かれる設定ではないだろうか。また、泉水子以外の登場人物たちもそれぞれに魅力を持っていて、その人間模様も面白い。
ファンタジー要素があるので、現実には起こり得ないことも織り交ぜられるけれど、彼女らは等身大のひとりの学生として描かれていて、高校生らしい感情の揺れ動き、そして成長する姿に、青春のきらめきを感じる。
第3巻は長野県戸隠での夏合宿がメインのストーリー。“夏合宿”という言葉の響き、泉水子と相楽深行(さがらみゆき)のきゅんきゅんやきもきするやり取り、それらが、私が失ってしまったかもしれない大切な感情を、思い出させてくれる。(阿部)
推薦パラメータ
楽しい度:★★★★★
読みやす度:★★★★
夏度:★★★★
散歩度:★★
お子さまにもオススメ度:★★★★
木下龍也 著『日記の舌』(ナナロク社)
毎日をきらきらさせたい人への課題図書
言葉の節々に垣間見える圧倒的な命を、両手でしっかり受け取る。ページをめくると次々に現れる命が有難くて尊くて、こんな私が受け取ってしまっていいのですか、という背徳感すらある。日記には、エッセイとも違う魔力があると思う。
本書は、歌人・木下龍也さんがつづる1年と3カ月の日記である。そこにあるのは歌人としての喜怒哀楽だけでなく、いち生活者としてのまっすぐな日々だ。もしかすると3日も経てば忘れてしまいそうなちょっとした出来事(けれども、木下さんの言葉の魔法にかかればなんだってきらきらして見える)だったり、友達との話だったり、夢の話だったり。読み進めるうちに、木下龍也という人間像が輪郭を帯びてきて、ますます好きになった。なにより優しいのだ。こんな優しい人が作る世界はきっと大丈夫だと思える。だから、私は木下さんの歌が好きなんだなあ。
日記という体裁だからこそ、木下さんの言葉の味がしっかり感じられる気がして、じゅるり、と舌なめずりをしながら最後までごくごくと味わった。日記の舌、にっきのした、にっ木下。そうか。そうだったのか。(中島)
推薦パラメータ
楽しい度:★★★★★
読みやす度:★★★★★
夏度:★★★
散歩度:★★★
お子さまにもオススメ度:★★★
構成・撮影=散歩の達人/さんたつ編集部







