井上理津子 著『東京で驚いた』(光文社)
わたしたち『散歩の達人』は、いつも東京を歩きまわって驚きまくっているわけで、「東京に驚いた」と言われてもな、というのが読む前の正直な気持ち。でも、本書を書かれたのは、長い大阪暮らしを経て、人物ルポや旅、酒場をテーマに執筆してきたノンフィクションライターの井上理津子さん。
「富士塚と富士講」「東京の水道水」「東京の緑」「東京の町寿司」「東京の酉の市、大阪のえべっさん」「東と西の佃島」「昆布の東西」「鰻を追いかけて」「東京っぽい神社とは」「弔いの形」と、井上さんの「おや?」「面白そう!」にひっかかった事柄を、丹念な取材と、東西の比較を交えながらひもといていく。ときどき出てくるWさんという編集者の、東京代表者としての知見も興味深い。都内あちこちにある「富士塚」は富士山の超ミニチュアなんですね! 自分の街を知らないと、ほかの街との違いを楽しめないな、と改めて。そして東京出身の私は、本書を読んで「大阪の水道水って軟水なの?」「お寿司の最後は鰻で締めるの?」など、逆に「大阪で驚いた」な部分も楽しめました。(平岩)
宮沢 洋 著『画文で巡る! 最強TOKYO建築図鑑』(総合資格学院)
東京にある「最強」の建築50選。筆者が選んだ基準は、「基本的に主要部がいつでも見られる建築」「1人の建築家につき1つの建築に絞る」「明治以降の各時代を代表する建築をバランスよく」の3点。各建築は、カラー写真を用いて詳しく説明され、データベースとしても役立つ。ページの脇に「見た!」のチェックマークを設置する配慮も素敵。
学生時代の社会科の資料集のようでわくわくするが、加えてこの本が楽しいのは全てイラストルポによって解説される点。それらの建築の面白さや見どころを、図解とともに詳しく紹介している。建築家本人がかわいく描かれているのも良い。訪れたことがある場所でも、新たな発見がある。さらに、巻末には東京建築祭の実行委員3名によるスピンオフ座談会を収録し、筋金入りの建築好きである彼らが、東京の建築を楽しむ視点を存分に披露する。
建築に詳しくない人も、専門的に関わっている人も、「東京の建築」を新鮮に楽しめる構成に。あの建物なんだっけ!となる時のために本棚に携えておきたい。(小野)
下関マグロ 著『人生が変わる!お地蔵さんぽ』(自由国民社)
Web『さんたつ』のお寺企画などでお地蔵さんにまみえる機会が多々あった。そっと手を合わせるときもあれば、景色のひとつとして眺めて、ただ通り過ぎるだけのときも。下関マグロさんの『人生が変わる!お地蔵さんぽ』を読了して、何気なく見過ごしていたお地蔵さんたちへの愛着が自然と湧いてきた。
マグロさんは町中華探検隊としても著名で、『散歩の達人』でも長年連載「町中華探検隊がゆく!」に携わっていた。本書には、同誌での「上野界隈のお地蔵さんマップ」企画の話も出てくる。
無名だったが、名付けられた地蔵、口元に紅が引かれたような地蔵など、言及されるお地蔵さんは多岐にわたり、それぞれに物語がある。願いを引き受けてくれ、街の片隅で人々を見守るその存在について、思いめぐらすきっかけを本書は与えてくれる。また、紹介されている各街ではおすすめグルメも挙げられているので、街の味を楽しみつつ、お地蔵さんぽに出かけられる。
さんぽを重ねた果てに、もしかしたら、お地蔵さんの笑顔が見えるようになるかもしれない。(阿部)
スズキナオ 著『新幹線から見えたすき家へカレーを食べに行く』(太田出版)
予定調和は楽だ。歩く道ひとつとっても昨日と同じ経路・時間・歩幅・目線で足を動かしてさえいれば、余程のことがない限り目的地に到着し、ストレスなく日常は進んでいく。ついついその楽さに甘んじてしがいがちだが、ちょっとまって! スズキナオさんの文章を読むと、一度立ち止まりいつもの道をさまざまな角度から見てみたくなる。
本書は、『散歩の達人』の連載でもおなじみのスズキナオさんによる“なんだかちょっと不思議な「旅」の記録”が詰め込まれているエッセイ集だ。新幹線から見えたすき家へカレーを食べに行ってみたり、宇宙(中華料理店)の全メニューを知り尽くしてみたり、空っぽの段ボールを友達と一緒に運んでみたり。ただ観光地に行く「旅行」ではなく、生活の中で気になったこと、思いついたことを一つ一つ実践し、日常を少しずらすことで非日常を見出す「旅」の様子がつづられている。その機微を見過ごさない眼差しは、もはや発明だ。
予定調和だけの道では、あまりにももったいない。気になっていた路地に迷い込み、世界を広げたい。本書を通して、そんな散歩者にも通じるスピリットを再び大きく燃え上がらせてもらえた。同時発売の『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと 増補新版』もあわせて読んでみてほしい。(桑原)
樋口毅宏 著『なぜ本を読むのか、なぜ映画を観るのか、なぜ音楽を聴くのか——100年後、カルチャーの参考資料になる本』(POST)
タイトルの通りである。樋口氏の中に蓄積している主に80~90年代に隆盛を極めた文学、映画、音楽など、あらゆるカルチャーへの思いのたけを放出した一冊。『散歩の達人』で8年間に渡ってご執筆いただいた連載「失われた東京を求めて」の回も存分に収録されている。
個々の内容は読んでいただくとして、ここでは作家・樋口毅宏の驚異のアーカイブ性について紹介したい。私は前述の連載の3代目担当だったのだが、樋口氏の記憶力には毎度驚かされるばかりだった。どうすれば、十代の頃に行ったライブの曲間のやり取りや、観ていたテレビドラマの特定の放送回を昨日のことように生き生きと語れるのだろうか。とある連載回では、「オリコンチャートの動きが3週に渡って上下していたはず」と言われた。検索しても全くデータが残っていない時代のものだったので、『大宅壮一文庫』に現物を確かめに行ったのだが、完璧に合っていて驚愕した(そして、若干引いた)。
タイトルの話に戻ると、カルチャーの「教科書」ではなく「参考資料」なところが肝である。この本は、自分がいいと思ったもの、反感を持ったものをストレートに“伝えるため”のエッセイだ。もちろん主観的。しかしだからこそ、妙に俯瞰した評論家の寄稿や、提灯記事にはないきらめきがある。個人的に好きな回は、連載時にタイトルをもらった時点で笑ってしまったこちら。⇒「僕が文化庁長官になったら、この芸術家たちに生涯年金を贈ります」。(高橋)
みうらじゅん 著『老いるショック大賞』(筑摩書房)
『老いるショック』は、「オイルショック」をもじったタイトル通り、老いにまつわる出来事をユーモラスに描いた一冊である。本書は『通販生活』のミニマガジン『益軒さん』にて連載された人気企画を単行本化したもので、読者からの投稿に対し、みうらじゅんさんの軽妙なコメントと共にテンポよく紹介される。
「買い忘れないように書いたメモを持って出かけるのを忘れた」、「カバンの中で携帯を探していたらテレビのリモコンがでてきた」、といった“あるある”から、「散歩の途中、公園で休んでいたらパトカーが来て、徘徊老人として通報されていた」といった、散歩にまつわるエピソードも散見。
本書で描かれる老いは特別なものではなく、日常の延長にあるものだ。年齢を重ね、できないことが増えるのではなく、できることが変わり、そして新たに見えてくる景色があると教えてくれる。読み進めるうちに、老いは恐れるものではなく、人生を豊かにする“新たな楽しみの種”のようにも思えてくる。世代を問わず、肩の力を抜いて楽しみたい一冊だ。(奥田)
津田篤宏 著『津田日記』(新潮社)
お笑いコンビ「ダイアン」の津田篤宏さんが、2025年毎日欠かさずつづった日々の記録。そしてミニエッセーも。いまやTVで見ない日はない(?)津田さんの日記を読ませていただけるなんて、いいんですか、いいんですよね。読む前からサプライズな一冊だが、そこにはお笑い芸人として、中年男性として、父としての姿がまざまざと映し出されている。仕事に関する一喜一憂も、共演者とのあれこれも、ゴルフの得点も、家族のむずかしさも尊さも。ぎゅぎゅぎゅっとつまっていてゴイゴイスー!
途中ところどころで、コンプライアンスNGで黒塗りになっている部分もある。日記だから包み隠さない正直さも見どころ。言葉から特大なスーを差し上げられ、読者として、ファンとしてしかと受け止めました。
そして津田さん、実は散歩好きですね? 『散歩の達人』としては見逃せない「散歩」「歩」「ウォーキング」の文字。津田さんが発するその言葉に、散歩を促された犬のごとく尻尾を振って読み進めてしまった。(中島)
スティーブン・キング 著(リチャード・バックマン名義)、沼尻素子 訳『ロングウォーク』(扶桑社)
「ホラーの帝王」の異名を持つスティーブン・キング氏が、若き日に「リチャード・バックマン」名義で執筆した長編小説。
舞台は近未来のアメリカ。十代の少年100人が<ロングウォーク>に参加するところから始まる。<ロングウォーク>はその名の通り、全員でひたすら長距離を歩く競技なのだが、ひとつだけ異常なルールが設けられている。一定速度を下回った者は警告を受け、4回目を受けた時点で射殺されるのだ。
最初は和気あいあいと歩む者たちも、脱落者が増えたり、疲労が溜まっていくにつれ、猥雑な言葉でお互いを罵り合うようなり、このあたりが非常に生々しい。
常に競争や生き残りの立場に置かれ、立ち止まったものは死ぬ。1979年に刊行された本作はあきらかに人類社会のメタファーとして書かれており、半世紀近く経った現代でも十分共感できる。そんなものとは無縁のロングウォーク=散歩を楽しんでいる筆者にとっては非常に息苦しい読書体験だったし、自分も本作で暗示された社会の中で歩く<ウォーカー>だと改めて自覚することとなってしまった。(守利)
構成・撮影=散歩の達人/さんたつ編集部






