文筆家・ノンフィクション作家のフリート横田が、ある店のある味にフォーカスし、そのメニューが生まれた背景や街の歴史もとらえる「街の昭和を食べ歩く」。第10回は昭和3年(1928)創業の銀座のバー『ルパン』で、坂口安吾が愛したという【ゴールデンフィズ】を。前編では、そのカクテルの味わいを堪能しながら、創業当時の話などを伺う。

戦後、「ルパンなら安心」と文士たちが通った

『ルパン』の袖看板。
『ルパン』の袖看板。

昭和20年1月27日、銀座、有楽町界隈は米軍の空襲にあい、『ルパン』の入っていたビルも直撃はまぬがれたものの、爆風によって扉が吹きとんだり、水道管の漏水が起きたりと被害を受け、店名は敵性語排斥の流れから「麺包亭(ぱんてい)」と和風の名に変更せざるを得なくなり、昭和19年(1944)には休業に追い込まれてしまう。戦争が終わったら終わったで物資払底の時代、流通はまともにできずに喫茶店としてからくも再開、それでも酒を入手して、また戦前以来のストックを使って、通う客たちに酒を飲ませた。当時はまさに闇市時代。正規の酒は姿を消し、闇の酒が出回る、もっとも呑み助に危機が迫った時代である。

皆、闇屋であやしげな酒を飲んだ。密造のカストリ(粕取焼酎。簡易な蒸留器でこしらえた粗悪なドブロク)などは、においがきついがまだましで、「バクダン」と呼ばれる軍用の燃料アルコール(メチルアルコール)を水で割った代物はもはや酒とは呼べず、毒であり、失明したり、命を落とすこともあった。そんな時代にまともな酒を苦心して出していたので、「ルパンなら安心」と、文士たちが通ってくれた。

あの有名な写真の数々は、この時代に撮られたものである。かつては新聞社や出版社が近くに多く、文士たちも飲みに来やすかったのだ。

大宰が座ったL字のカウンター席も残った

世間が落ち着いたあと、もう一度大きな転機が訪れる。空襲でダメージを受けていたビルは20数年を経て使用の限界に達し、水漏れガス漏れも頻出。1972年、いよいよ建て替えとなった。店子である『ルパン』も完全リニューアル……、

とはしなかった。ここからがすごい。

カウンターや椅子など調度品一切を取り外して保管。二年の休業を経て、新装時もそっくりそのまま、移し替えたのである。なんと、レイアウトも以前のまま。お店の方々の思いはもちろん、ビルオーナーの理解も十分という、共同作業での再開店であった。いま、こうしたことはあまり聞かない。

このことで、太宰が座ったL字のカウンター席もそのまま残った。戦後長く、桜桃忌(太宰の命日)になると、彼が座った席にグラスをおいて献杯する文学ファンの姿も、ルパンの風物詩として新ビルになってからも続いた。歴史は途切れなかったのである。そんなくだりを聞きながら、私もおかわりが飲みたくなった。なににしようか。

伝統的な店でありながらやわらかい

「製氷機がない時代は、ストレートかハイボールだったようですね」

開さんは小さなショットグラスを奥の棚から取り出してくれた。昭和3年(1928)、創業時から伝わるという一品。もしかしてこれで太宰や安吾も飲んだかもしれない。使っていいのでしょうか……? どうぞ、のお声をきいた瞬間、ラフロイグをストレートでお願いした。

「流行りのですね(笑)」

注いでもらった一杯をすっと飲み干す。たしかに近年流行りのくさいやつ(ピートが効いたやつ)を私は好んで飲んでいるが、開さんはにっこりして注いでくれた。好きなものを飲めばいい。伝統的な店でありながらやわらかい。それは酒の話に限らない。

「最近は、あの漫画を読んだ人たちがきてくれますね」

『文豪ストレイドッグス』という漫画(のちにアニメ化もされた)が好きな人たちの間では、この店は、「聖地」なのである。桜桃忌にやってくる文学青年はだんだんに減っても、文豪同士がバトルし合う(私には想像もつかなかった設定の)漫画を楽しむ若い人、女性たちも気軽に飲みにやってくる。

古びたものを大切にしながら、あたらしいものも尊重する、こういうやわらかさが、この国いちばんの歓楽街にあって、ほとんど一世紀近い時間、支持され続けているのだと実感した。北関東の田舎芋も、ちゃんと受け入れてくださったぞ。ラフすぎない格好で、騒がずゆったり飲むのなら、きっとどなたでも喜んで受け入れてくださるでしょう。

住所:東京都中央区銀座5-5-11/営業時間:17:00~23:00LO/定休日:日・月/アクセス:地下鉄銀座駅から徒歩3分

取材・文・撮影=フリート横田

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